散る散る満ちる。

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カテゴリ「一次創作」に属する投稿17件]

擬人化:空を飛ぶひと
メタい話しよう」の後に描いたメーカー擬人化(ロッキード・マーティン社)の漫画です。作中にライト兄弟についての本が出てきたの嬉しいね、と言う話。#GAS
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一次創作,擬人化

擬人化:「メタい話しよう」再録
2022年8月13日に発行した同人誌「メタい話しよう」の再録です。「トップガン マーヴェリック」を観てどうしようもなくなった人間の叫びみたいな本です。軽い気持ちで読みましょう。ページ番号の抜けは表紙・裏表紙裏の白紙部分の省略です。#GAS

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一次創作,擬人化

創作:写真から描き起こす。
2016年5月1日(Pixiv投稿日)のメモが出てきたので。1〜4枚目が説明で5枚目は作例です。古写真加工は幕末古写真ジェネレーターというツールを利用しています。#自分メモ

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一次創作

擬人化:君と箱庭の空
2017年11月12日初出(Pixiv)郵船さんと横船さんの関係性が萌える、というだけの話です。「擬人化四季報」に寄稿したので、ちょっと火がつきました。本文後に登場人物などの説明。#GAS

触れた手のひらに伝わるあまりにも直接的な骨の感触に、横船は思わず眉が寄る。
「おっまえ……」
「何だ、離せ」
返ってくるのは予想通りの声質。慣れたものだ、怒っているわけではないとわかるが、あと一歩のところでもある。
元はと言えば横浜市民の憩い場になって久しい娘(男)からの深刻そうな相談だった。
「郵船のお父様がね、また最近ちょっとお痩せになったように見えるの」
「お痩せにってあいつもう減るとこないじゃろ」
「ないと思いますでしょ?どうもあったらしいんですのよ……氷川の気のせいと思いたいですけど」
気のせいじゃないぞ氷川、と心の中で思念だけ飛ばしておく。受信ができたかはわからないが、おそらく何かしら飛んで行ったことだろう。
「お前なー、もうあばらゴリッゴリじゃねえか、ちゃんと食べてんのか?」
「食べ」
「おいそこで止めんな、顔を!逸らすな!」
長年の付き合いは三桁を越えた、お互いの扱いも慣れたものだ。
元々彼女は細かった。初めて出会った時から、華奢という形容は似合わないけれど、造船所として成り立った己と比べなくても細かった。どうやってその骨とうっすらした肉と皮だけであんなにも色々なものを踏みしめて乗り越えてこられたのかと思う。
その肉と骨の内に秘めるものはあまりにも大きくて、強い。それは十分すぎるほどわかっているけれど。
「成田の方でなんぞやいやいとやっとるんじゃろ、ちゃんと寝てんのか」
「なんで知ってる」
「お前なー、俺はもう天下の三菱じゃぞ。いやでも耳に入ってくるんじゃ」
これは少し嘘があって、本当は自分から情報収集をしているのだけれど、ばれたところであまり結果に変わりはない。慣れたものだ。
三菱、と己の所属を指すときに彼女が少し揺らぐのも。お互い、慣れてはないらしい。
約束もなしに乗り込んだ本社で、部屋に入るなり怪訝な顔のままその場に立たせてあばらに触れた。こっちの方が慣れてしまってはいけない気がする。
「ええーお前ほんと…どこにこれ以上減るもんがあるんじゃい……おかしいじゃろ……物理的に…」
「物理」
「質量保存の法則とかそのあたりが乱れとるぞ絶対」
「燃焼するのか、あたしは」
自然ため息は大げさになり、あと一歩の限界値が残り半歩になる。
そも人間ではないけれど、人間を基盤に成り立っている概念だ。寝食が必要な理由も始まりからわかっているはずなのに、何かが理解しているはずなのに、彼女の中の別の何かはそれをねじ伏せて摂取するエネルギーをすべて己の行動に費やしてしまう。
休むことをしないのではないだろう。必要な分はきっちりと計画されているはずだ。なまじ長生きしているだけあって、己の限界を見極めるのは早く的確であるはずだ。慣れたものだ。
見上げた顔は微塵も疲れを感じさせない。ただ、眉間のあたりに穏やかではない空気がある。理由はうっすら知っている。
本当のところは干渉できない。本当のこころは干渉できない。
「なんで、なんで俺お前にこんな頭悩ませてるんじゃろな…」
「悩まなくていいと言ってるだろう」
「おー、うるせーうるせー。そういうのは昼飯食ってから言えー」
時刻は正午過ぎ。どうせ朝に何か口にしただけで今の今まで座りっぱなしだ、大した消費もしてないと言い聞かせてろくなものも口にしていないだろう。机上の乾いたカップの中に、完全に乾いたコーヒーの色が物語る。このひとなにもたべてないです。
「美人薄命っていうじゃろ良い加減にしろ」
「言う相手を間違えてないか」
「美人じゃろが」
いつもならここで残りの半歩、歩み切ってしまっている。文字通り首根っこ掴まれて放り出されるのがオチだ。
ただし、時刻は正午過ぎ。燃料切れの体内もまた事実。迫力のある顔と、深いため息で事は済む。慣れたものだ。
「ここで立ち話してても始まらん、お前もう何でも良いから食べたいもの言え」
長く深い沈黙は想定内、少し視線が泳いだ後の回答は想定外だった。
「……シュークリーム」
「しゅうくりいむ」
「chou à la crème」
「憎いほどネイティブ」
場所は東京丸の内。およそ何でも、あるものはある。なにせ起源は岩崎弥太郎、呼ぶ人が呼ぶ三菱ヶ原、己も相手もそこに還ると言っても過言ではない。
「うん、まあ…俺この辺詳しくねえけど…なんかあるじゃろ、店」
「あるな。受付で聞いてこい」
「おう、そうするわ。ちょっと待っとけ」
簡易ながら十分な存在感の応接ソファに座らせて、これまたノックの音が果たして通るのか不安になるような扉を抜ける。
気が変わらない内にと逸る足が転ばないようにだけ気を配る。
場所は東京丸の内、時刻はちょうど正午過ぎ、太陽は午後の眼差し、空腹が味方する。
手のひらには硬い骨の感触。皮一枚の下に通う血潮の鳴動まで感じられそうだった、大げさでなく。
氷川に聞いた、と素直に言っても良かったが、まだそれは最後の手段として取っておく。心を新たに前を向き、決意を新たに駆け出した。


ひとり、嵐のような来訪が去った静けさに取り残されている。
確かに空腹ではあったので、そろそろ切り上げてしまおうと思っていたところだった。
脇腹の少し上、ちょうどあばらの終わりのあたり、どこから見てもくびれなんてものはないが、体格の割に大きな手のひらに不満だったらしい。
「……わかってないな」
誰にも聞かれやしないから、と珍しく自室なりの油断で声に出す。
成田のごたごたは、きっともうすぐ片が付く。確かに少し切り詰めていたが、そこまで重労働とは思っていなかったのも事実だ。
「…わかってないぞ、ばか」
口にするのは何でも良かった。できれば軽いものだと良かった。それでも何だか真剣に見つめる視線で思い至った。
「横浜からだろうが、あいつめ」
望まれて、うまれた。言葉は同じでも望まれ方がまるで反対だ。
片や共倒れを危惧されて、双方から半分ずつ。片や京浜地区一帯から市民から、本当に必要とされて。
「一緒なら、」
一緒なら、きっとなんでもできると思った。
全くそうは、ならなかったが。
本当は、隣に座って、言葉もなくて、静かで良いのだ、こんな午後は。
時刻はちょうど正午過ぎ、太陽は午後の眼差し、空腹は静かに訴えてくる。
切れてしまえば回らない集中と思考回路。単純なものだと己でも思う。
疲れた目頭をもみほぐす指も、彼にしてみれば細すぎるのだろうか。人間と同じように影響しない時間の中で、多少は変化があったと思う。
最低限と整えている爪には一本の筋もなく滑らかで、短く端正に揃えられた丸みが気に入ってはいる。少しだけ節が目立つが、無表情ではないと思う。
気に入られようとあえて思った事はない。嫌われてると思っているならそのままでいい。
気づかないでくれ、と思う。これ以上重荷になってたまるかと思う。決別の仕方が仕方だけに、そもそも彼は己に対して引け目があるのはわかっている。嫌という程。
心配をかけるつもりはなかった。動向を知られる気もなかった。愛しい娘の観察眼を、少し侮ってはいのかもしれない。
口にするのは何でも良かった。味の有無すらどうでもよかった。ただ隣に座ってうるさくしながら何でもない話ばかりしたかった。できれば明るい話を。本当は、
「お前と一緒ならなんでも良いんだ」
溢れた言葉はおそらく誰も聞き取れない振動で目の前の空気を震わせただけだった。

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娘(男):氷川丸さんのこと。女装おじいちゃんなので。また、氷川丸さんは郵船さんのことも横船さんのことも「お父様」と呼びます。郵船さんが自分のところの船には全部自分を「父」と呼ばせているだけです。

成田でやいやい:NCA設立のあたりです。時系列をお察しください。昭和50年代丸の内にはたしてシュークリームがあるのか。きっと洋菓子店はあったと信じたいです。余計な時系列を作らなければ良かったのですが、郵船さんがあの規模になってから痩せるようなことがあるのはきっとこのときくらいだと思います。

シュークリーム:幕末の横浜外国人居留区ですでに西洋菓子店が営まれており、一説にはメニューにシュークリームはなかったそうですが、当時すでに本国ではメジャーなお菓子であったのでおそらくそこが日本に入ってきた最初では、ということです。
なお、そこに日本人菓子職人が修行に行きその後に日本で初めてシュークリームを発売する菓子店を開店したとか。畳む

一次創作,擬人化

擬人化:いちめん、ゆきすぎる
2014年2月8日初出(Pixiv)本庁さんがのろけてるだけです。ひさなさんの擬人化宗谷ちゃんをお借りしています。#GAS

一面の白色というには濁りすぎた、それでも全面的な無彩色。
右から左へ、目線と並行に飛んでゆく霞のような白色。
「やめた方がいいんじゃないですかね」
左からの忠告。
「電車、止まってるそうですよ」
二度目は適切な報告を含んだ指摘。
「ていうか、やめろ」
三度目は容赦のない警告を一段飛ばした、不穏。
ガラス一枚、人の気配に従順な扉の向こうは無彩色。時折すぎる傘の色合い、マフラーのたなびくさまにはっとする。
「ちなみに横須賀は完全に孤立しました。さっき」
「…行かないよ、そこは」
よりにもよってこんな天気に、まだ距離を測りかねているところになんて。
それでもこの日の約束のためにいろいろと明言できない部分で暗躍を重ねて、息つく暇をひねり出したのだ。おいそれと諦めのつくものではない。
自然に対してあらがうことが、なにより無駄だと知っているけれど、それならそれで渡り合うくらいはできるのだ。
「京太郎は、帰りどうするの」
場所は東京、お台場。
諸事情でお世話になっている放送局の球体が、霞んだ幕の向こうにあるのだろう。
隣から親切な停船命令を静かに発する彼は滑らかに指先で眼鏡の位置を直した。
「こんな天気ならしゃあねぇです。直行します」
軽くため息、つくづく真面目な彼なので本来であれば一足飛びに動ける距離を、きっと満員電車や疲れた乗客にまぎれようとはしたのだろう、ぎりぎりまで。
そんな中を、待っていてくれるだろうか。
そんな中を、連れ立って歩いてくれるだろうか。
寒さには慣れているだろう、なにせ南の果てまで六度行った。
冷たいのには慣れているだろう、なにせ北の大地で氷を割って走っていた。
だからといってそれらが全て堪えないかと、それらの全てを気にも留めないということではない。
「だから素直にやめとけって言うんですよ」
でもね、と咄嗟に言い訳の前段階が口を出る。出そうになるのを、のどの奥で押しとどめたのは及第点だろう。
素直になるなら、楽しみなのだ。
眠れないほど、ではないけれど。少し、行動の些細な端々に落ち着きをなくすくらいには。
「…かまくら、とか」
「ちょっと足りねえんじゃないですかね」
地名でないかは確認されない。
雪玉を投げあうには人数が足りない。かといって雪玉を重ねるだけのだるま造りはあまりに体を動かさない。
「最後にいいますけど、天気予報じゃこのあと大荒れだから小さいお子さんとのお出かけは特に控えろって」
「一応、大きいです」
「お子さん部分を否定しろよ」
想いも寄らなかった部分へのつっこみに少し驚いた顔をしていると、じろりと一瞥を食らう。
そのあとのため息は、自分自身への諦めと納得を呑みこんだ反動だろうか。
「寒くなったらすぐに屋内に入ること。できれば暖かいものを摂ること。いざとなればまつなみに言ってください、甘酒くらいならすぐ出ます」
「まつなみは…どこへ行くんだろうね。方向性」
「迎賓艇ですから。そしてあなたが方向性について言うな」
全ては一存、ではあるのだけれど。個として確立した先のところまでは、影響できない。
無力だな、と思うことはなくなった。力が足りないな、とは常日頃から思っている。
己の手のひらの小ささを思い知ったいくつかの出来事と、それに付随する感情は長い時間に晒されていつか口角を上げられる日が来るだろうか。
「…あのね、わかってないようだからあえて言いますけど」
「うん、なに?」
呆れたような、諦めたような、それでいて少しだけ妬いているような、加えて少しの、嬉しそうな、送り出す、それに似た、
「そんな顔してる暇があるなら、さっさと迎えにいけってんですよ」
暖房が効きすぎてもない適温の屋内、寒すぎて色づくでもない頬の赤みを自覚しろというのが難しい話だ。
けっ、とひときわ大きく呆れられて雪降る中に追い出された。
「待たせてんでしょ、せいぜい走ったらいいんです」
吹雪の中に傘はなし、風はあいにくの向かい風。まともの語源は順風だったかといまさらそんなことを考える。
この雪を走り抜けて、あるいは走れずに歩くはめになったとして、待たせた人に合う頃に頬の赤みは意味を変えているだろうか。
例えば、同じようにその頬がうっすらでいい、色づいていたら、その意味するところが同じであるなら、もうそれ以上は望まない。
きっと手袋の中の指先も手のひらも着く頃には冷えきってしまうだろうけれど、冷えただろう頬に触れる理由が一つある。ひとつあるなら、十分だ。
息を吸う、走り出すための準備にしては温度差でむせそうになるけれど、言われた通り待たせているのだ。
純白というには濁りすぎたそれでも無彩色、そのオレンジは燦然と輝かずとも確かに目につく色をしている。目につく理由は、それだけではないにせよ。
吐いた息は真っ白に煙ってあっという間に流された。
ああどうかこの鼓動の上ずりが、違う意味になりますように。畳む

一次創作,擬人化

擬人化:なつの洋上、きらめく
2012年8月26日初出(Pixiv)夏のつがるさんと、ユーカラさんの話。いちゃこらしてます。#GAS

北国とはいえど夏場になればそれなりに暑いものは暑い。
そういうとどこかで勝手に我慢大会をはじめて、参加表明もしていないのに周囲はそれに加わるべきだと信じて疑っていないような南方の住人がわめきだしたりするのだけれど、頑に。暑いものは暑い。
陸上ならばまだ、日差しを遮るものがあるだろう。反転、洋上ではまるでなにもない。どこまでも続く水平線、平時であればロマンにあふれたこの決まり文句も今だけはただただ地獄の入り口にも等しい。
上空へ上がってしまえば高度と温度は反比例してずいぶん凍える思いもするから、己はましな方だという自覚はある。
だがその基地となる船はと言えば毎回見える景色はほぼ同じ、洋上に一点、目の覚めるような白色を横たえて一切の日影を持たない。晴天の陽光を跳ね返し、挑むように浮かぶ姿に心底惚れているのは自分だけれど、それが気の毒にならないかといえばそうではない。暑いものは、暑いのだ。
「あっ……つい、って、いったら一回いくらだっけ?」
「百円か五十円でさっき揉めてたな」
「やー、もうこの暑いのにそんなことに体力使うのもったいないわよ、絶対」
散々主張した上であっさり翻すが、外気温に関わらず船内の空調は整っているのだから格納庫なんかよりもっと涼しい場所はある。さっさと涼めばいいだろうに、何故だかいつも文句をいいながらここへ来る。その理由が自分で思っているものと同じであるか確かめたことはない、といったらどこかの誰かはあきれ顔でなんて臆病だとため息をつくだろう。
「ねえ、涼しくなるような話して」
「……昔、海面捜索しててだんだん暗くなってきたんだけどな、気づいたら現在地がわかんなくなって、燃料も少ない上にそこがたまたま起伏の多い地形だったからどこに不時着していいかもわかんなくてな、そんで」
「やめて、わかった冷えた。ありがとう。あと君自身のことでなくてよかった」
「固定翼が着陸しようとしたら滑走路の灯火じゃなくて格納庫の灯火であわや、だった話は?」
「いい、いらない。あー、機体がひんやりしてて気持ちいいわ」
機長席から軽やかに降りて、その柔らかい手のひらを押し付ける。このまま抱き枕にならないかな、とささやかな希望を聞いたのはなかったことにする。
「君は、さ」
一瞬よこしまなことを考えたのが気配でも伝わったかと身構える。
「君は、どれくらいあたしのこと好きなのかな」
身構えたまま、動けなくなった。
そんなこと考えたこともなかった、からではなく、搭載機であると定められた瞬間からもう、どうにも焦がれてやまないから。
ただ帰る場所はひたすらにここで、彼女で、その一点で、送られるその言葉も迎えられるその言葉も、ただ彼女からのものであるから自分の世界に意味を持つのだと、思っていたから。
尺度は、用意もなかった。
「ど、れくらいって…言われてもな」
言葉に詰まる。自分の知るありとあらゆる単位では、その輪郭にすらふさわしくない。
かつてないほど考えて、ふと、明確な数字はあるだろうけれどその正解を知らないものがひとつ。
「あー……海の体積くらい」
少しだけ語尾を上げて疑問のようにしたのはせいいっぱいの照れ隠しであることが伝わらなければ良いと思う。
ふうん、とそれを受け取ってからの真面目な顔で返る言葉をひたすらに待つ。
「1.37メガ立方メートルか」
「っ、おい、人のせいいっぱいの回答をお前は……!」
さらりと明確に示された数字は予想もつかなかったけれど、自分なりにうまいことを言ったつもりでもあっただけに反動は大きい。
「はは、冗談だよ」
「じゃあそういうお前はどうなんだよ」
売り言葉に買い言葉、というには自分に都合が良すぎると思いながら反撃の意味を込めて今まで秘めていた気持ちを一つ、口から放つ。言葉という輪郭を持って放たれたそれは、どうやらすんなり届いたらしい。
ほんの少し予想外だったように目を開いて、吞み込んで理解するまでの二秒、細められた瞳はまっすぐに貫いた。
「言わなきゃ、わからないかな?」
もうぐうの音も出ない。かなわないのだ、どうあっても。
ないものだと思っていたけれど、確かに胸の辺りが温度を持って跳ねる、喜びにかそれとも別のなにかにかはわからないけれど、心というものがあるのだとしたらきっとそれはこの温かで、熱いくらいの温度で喉を灼くのだろう。
返す言葉は、見つからない。無言の敗北、惚れた弱み。
「君のそういうところ、好きだよ」
ふわりと首を少し傾げて、ああたぶん、わかってやっている。
その満面に浮かべた笑みが、ふいになにかを察して緊張感をはらむまで、一瞬だったのがまだ救いだ。
「さあ、お仕事だ」
身の引き締まる、単調な高音。続く状況の断片、にわかに騒がしくなる船内のざわめきを遠くに聞きながら浮かべる笑みの種類は違う。仕事とあれば切り替えは簡単なはずなのに、今のこの瞬間だけは名残惜しい。
「あのなあ、つがる」
ため息まじりに名前を呼ぶ。そのあとに続く言葉は特にない。呼んだ名前の残す空気がいつもよりも耳につく。
矢継ぎ早に状況が明確になって、どうやら自分も出番のようだ。
「言い分は帰ってから聞くよ、ほら、いってらっしゃい」
甲板に引き出されて着々と飛ぶ準備の進む中で自分の背を押す当たり前の単語が意味を持つ。その対になる言葉を聞くために、やるべきことは目の前に。

飛び上がった眼下に一点、やはり日影を一つも持たない目もくらむような白色。畳む

一次創作,擬人化

擬人化:あなたのとなりを、
2012年4月27日初出(Pixiv)つらつら書いていたら羊蹄丸さんの片思いになりました。携帯電話というのは便利な半面倒にもうすっぺらなフィルタが一枚かかってしまう短所があるように思います、という話。#GAS

たとえばあなたへの言葉を明確な輪郭に乗せたとして、それはたぶん感謝のかたちしているのだろうと思う。そうしてそれを簡単に伝える方法はあるのに、安易にその形式に乗せてあなたへ飛ばしてしまいたいとは思わない。

静かにたたずむようになってからしばらく、内側に抱えた容量と同じだけの虚無と空間を持て余すように過ごした日々にしっかりと残ってしまったとなりのアラートオレンジ。
小さく起きた岸壁への反動、そんな波にもよく揺れるどことなく不安定な丸みの際立つその流線。ずっととまって動かずにいるせいで、すっかり色のあせてしまった左側。
外からも内からも波と気候と生まれてからの歳月に蝕まれて、もはや人の立ち入ることの出来なくなったところすら抱えて、ひっそりと静かに賑わうその眩しいくらいの太陽の色。現役時代に見慣れていた一面白色横殴りの吹雪でも、きっと容易く見つけられる、そうして実際それを目的に塗られたその色。時代と人の願いを背負った希望の色と言ってしまったらそれは過言がすぎるだろうか。

低く掠れた、何人の名前を呼んだだろうか想像もできないゆっくりと震えるその声で呼ばれる名前が好きだった。遠い潮騒と暗い雨音にかすんでしまうその声が耳から入って抜けるとき、それに対して敬意でもってなんですかと問い返す己が誇らしくすらあった時もある。思い出は美化されて、想像は都合がいい。

決して同じ方向としての矢印ではない返される言葉と、あなたが気がつかないならそれでとおこがましく放った己の言葉と、その応酬を続けたいがためにこの無機質な塊が映し出す単調な連打の継続で綴る文字を駆使するのはなんだかもったいない気がする。だからといってそんな無機質の塊を通した声がその裏側の思いを問答無用に裏濾ししてしまうのも気に食わない。己の気持ちが隠れることではなく、あなたの気持ちを読み取れないことが。

覚えてしまったあなたの癖も、繰り返される同じ話も、聞くたび異国の話のようで事実その大半ははるか南の極地のことであったのだけれど、なぞるごとに一筋ずつほどけていく氷河にも似てあなたに近づいた錯覚すら感じたそのきらめく時間の数々。ずいぶんと感傷的なのは笑ってください、と誰に向けるでもなく口角を上げたところでそれに対する相づちも苦笑いも返ってはこないのだけれど。

いまここで、あなたの名前を呼んでもいいですか。
盛大に、己に幕を下ろすその前に。

恋、というにはあまりに単調で無頓着だった。愛、というには少しばかり執着がすぎた。
それは所詮、それらの感情への理想論から著しく外れていたというだけのことだけれど、それでも確かにあなたに抱いた感情は尊いものであったと思う。あれほど恐れた何の変化もなくなってしまう日々に、気がつかないほど少しずつ薄れていつかそのままいなくなってしまうのではないかと日々をおびえたはずなのに、今となってはもう、それが一番正しかったのだとすら、おこがましいほど取りすがる。

夜、世界は眩しくなりすぎた。それでも、海というものは真っ直ぐに暗い。
いつか聞いた明けない夜と暮れない夜の話がよぎる。そんなのはまっぴらだと、想像だけで笑った己も、その隣も。
誰の許しもいらないはずなのに、誰かに肯定して欲しくて泣きそうなほどの星空からつま先へ視線を投げる。


いまここで、あなたのなまえをよんでもいいですか。畳む

一次創作,擬人化

擬人化:くもりぞら、アラート、
2011年12月15日初出(Pixiv)総合訓練が天候不良で中止になったのでそうやさんが遊びにきました。そんな話。#GAS

およそ海を知る身にとって低気圧というものは嬉しいものではありえない。悪天候で雌雄が決する戦いなどいまの世界には、少なくとも己のいた海峡間では起こりえなかった。つまりこの世は平和なのだ。
近く、しかしもはや自力ですら辿り着けない湾内で一年に一度の盛大な催しがあるとかで、隣の桟橋は空っぽだ。
波が不穏にうねる。低い圧力にぎしり、肩が軋む。腹にぶつかる冷たい海水が生ぬるい波を生んで、不規則に吹き下ろす風がばたばたと煩わしい。黄みがかった灰色の空が降ろした幕で遮られた陽光は景色を見事に平均化した。
一輪、切り裂いたような白色。
「こんにちは」
穏やかに響く柔らかい低音。いまだ現役の、赴任地は親しんだ北国の果てでその白色を見慣れてはいてもけして親しくはないその影と気配。
改造の末に砕氷船として生きた隣のアラートオレンジ、その後継として造られた、この国二番目の砕氷船。
青い海に映えるように威厳をもって制する白色、穏やかに上がる口角、なにを取っても似つかない外見はしかし不思議と既視感になじむ。
「こん、にちは…あれ、えーっと…東京湾でなんとかじゃなかったんですか」
とっさに名前が出てこなくて、少しの驚きでごまかせる範囲を探るように名称をぼかす。
「観閲式はこの天気だから中止になってしまって…時間が空いたものだから」
「あ、そうなんですか。わざわざどうも」
「ええ、突然でご迷惑かとも思ったんですが」
距離を測りかねているわけではない。ただ、立ち位置がやや不明なのだ。
直接的な関係はなくて、間接的というにもそのつながりは薄い。ただ単に、隣に並ぶ船の、後継というだけ。親だ子だ孫だ血縁だ、そういうものが存在し得ない関係だからなおのこと作る顔に困ってしまう。もちろんそこには主な目的が自分との会話にないだろうという予測も含まれているからこそ。
「先代は?」
「ああ、この天気なんで朝からちょっと」
調子が悪いみたいですと素直に申告しそうになってから慌てて気遣いのようなものが顔出して、おかげでやけに含みのある言い方が残る。ただ動くこともなく係留されているだけの状態は、思ったよりも天候に左右されやすい。気圧が低ければ節々は軋み、脆く弱くなった鋼鉄は悲しげに引き攣れる、毎回のことではないけれど時折、目を開けてすらいたくない時というのがどうしてもやってきてしまうのだ。
その微妙な心境を長らく前線で働く立場にどうやって伝えたものかと逡巡してみても、予想に反して相手はそうですかなんて納得している。
「…ご迷惑じゃありませんか」
「何がです?」
「いえ。——いつも、みていてくださるんですか」
その「みている」に含まれる意味がどちらなのかわからなくていまいち漢字に変換することが出来ないけれど、結局どちらの意味でもたしかにいつも、それこそいつも、みていると言えばみている。
「そう、ですね。ま、この距離なので」
「そう、ですよね」
ふふ、とこぼれるその笑い方を、似ていると言ったら気を悪くするだろうか。遠く、想像のつかないという意味では同じ距離を走った経歴で、生粋ではなくとも砕氷船として生きていれば所作の端々も自ずと似通うものなのだろう。
風が吹く、先ほどよりすこし強い。日も暮れて空気も心なし冷えている。程度の差はあれ、自分だってここでぼんやり立っているけれど、指先の細かい動作が今は不安だ。
来客には悪いけれど早々に引っ込んでしまおうと肩にかけた外套の襟を正す。
「これから宗谷さんの様子見に行って、それから俺も中に入りますけど、どうします?一緒に行きます?」
「うーん…先代、寝ているだろうから起こしてしまうと悪いし、今回は遠慮します」
「わかりました。起きてたら追いかけないように言っておきます」
その意味を理解したのか小さく吹き出して、頼みましたとほほを緩めた。
気が向けばどうしようもなく執着するくせにまったくあっさりと境界線ではねのける、その多面体の原因がどこにあるのか知っているからなのか、それとも自分の知らないなにかを語られたことがあるのか、くすんだ陽光に挑むような潔癖の白色をまとってこんな日にはぜひとも拝みたい夕日にも似たアラートオレンジを見つめる視線は少し、安直さに欠けた。

一番居心地が良い、と自負するだけあってなかなか座り心地の良い士官食堂のソファの上でまるでおびえるように小さく寝転がる姿を見ながら、その視線に含まれた何かを自分は詮索するべきかどうかを少し迷った。畳む

一次創作,擬人化

擬人化:おたがい夏の身の上ですので。
2011年8月31日初出(Pixiv)宗谷さんと羊蹄丸さんの不穏な会話。時事ネタに愛だけ込めると、こうなります。#GAS

たとえば、どこかで何かがどうにか違っていたところでこの人にかなっただろうか、と隣のアラートオレンジが小さく風に居心地をただすのをぼんやり見ていた。
また台風だって、と解釈によっては投げやりにすら聞こえるつぶやきを上手に自分は受け損なう。
「荒れますか、ね」
「どうだろうね…真っ直ぐあがってきているけれど、うまいこといなくなってくれるといいねえ」
それが、その一種の投げやりがけしてあきらめでも本当の投げやりでも他人事でも無関心によるものでもないと知っているのに、今の今まで茫洋を気取っていたつもりで余裕なんてこれっぽっちもなかった自分は見事に裏目に食らいつく。
まるで自分のことのようだと精一杯の皮肉と嫌味を、ゆっくりと波の立つ表面にこぼす。
やたらと気まずい、だろう。それを狙っているのだから結果だけは順風満帆、そうしてあくまで、結果だけが。
風が湿気を帯びて来た。
「あんまり、そういう言い方は好きじゃないかな」
控えめに、遠回しに、一足飛びに、切り裂く鋭さはないものの、砕く強さは変わらずに、いつもたたえる笑みも潜めて、追い打ちのようにぽつりと跳ねる。
「あなたになにがわかるんですか」
まるで三文芝居の打ち返し。普段はどうして生きる時代の違いからなのか歩んだ道の違いからなのか、すれ違い噛み合わずお互い困惑することはあっても衝突なんて滅多にないから、(ああでもこの人が何を言おうと自分はつぶあん派なんだけれど)、さてこのステレオタイプな書き割りの打ち返しをどうやって呑みこんでくれるのか一瞬だけ楽しみであったことはいつまでも秘密にしていようと思う。
微笑でごまかす無表情が少しだけ、裏側に何かをにじませた。
「それは、でも、」
空気はにわかに重苦しい。低く掠れる応答の声。
つ、と逸らして一瞬のちに、すい、と見据える視線の動きの深層で一体何が動いたか、多分自分にはわからない。
「それはでも羊蹄丸さんがきっと僕の事をなんにもわからないのと同じだよ」
これが芝居なら観客は席を立つ。総立ちで手を叩き、感動にむせび泣き、舞台の上の役者二人を讃えることなく、無言のままで席を立つ。
ああずいぶんと、下手を打った。
「そりゃ、そうですね」
「そうだよ」
「そんなものですかね」
「そうかもしれないね」
「こういう言い回し、嫌いじゃないんですか」
軽口の最中に本音を滑り込ませるのは反則だ、と誰からも教わってはいないのでここまで来たらもう一芝居、下手を打ってもいいだろう。
「好きじゃない、という程度かな」
装う無表情、仕切り直しの苦笑い。ふふ、と押し出す軽やかな声。まるでいつもの、時刻表。

喝采、あなたに。
いま俺はとても愉快です。畳む

一次創作,擬人化

擬人化:しろい海峡のうた
2011年8月5日初出(Pixiv)てしおくんと流氷のはなし。はじめて挑む、流れる大陸。#GAS

それに関しての知識は持っていたし、資料として数値のたぐいは覚え込んでいたし、おそらくこの体はそれを本能的にとらえて対応する事ができる、そういう事を目的に作られているから問題ないとはわかっているのに、その事実は決してこれから対面する未経験の領域に有効であるという確信になりはしない。己の事のはずなのにいつの間にか遠い国の物語のように聞いていた自分が恥ずかしくなる。

色々なものを秘めて、隠して、そうして押し寄せる、一面の、しろいろ。

「───、そうやさん」

隣に立つその人の袖口はいつもちょうど手を伸ばした高さにあって、その両手は自分ではない誰かのためにいつも空けられているのを知っているから、あくまでそっと控えめにおこがましさに見ぬ振りをしてこそりと小さく袖を引く。
意識と視線が瞬間の時差で自分の方を向いたのがわかる。それなのにこの眼前に広がる白色に向けられた視線は動かせない。

「そうやさん、」

飽きるほどの、白色。
少し濁った、空の色。
ゆっくりと迫り来る、そうして足を絡めとる。

「つめたいです」

ふ、

「さむいです」

気をつけてゆっくりと、息を吐く。体内の熱を必要以上に呼気に乗せて吐かないように。
隣に立つこの人のすらりと伸びた背筋の中を、通る空気はあたたかだろうか。腹の奥から伝わるこの軽微な震えは一体、どちらの種類の震えだろう。

「そうだね」

引いたまま離さない袖口からそっと優しく指が解かれて、自分と同じ厚い布で守られた手が握られた。
まだ少し遠い波の向こう確実にそうしながら揺られて意のままにままならず流れてくる、白い群。

「往こうか、てしおくん」

耳を打つ声は低いと感じる少し上を響かせて、言葉と一緒に少しだけ力が入ったその右手にあたためられていた左手が、冷たい空気に解放される。
もう一つだけ深く長くの呼吸を一組、吐いた息は白く煙って風の中に消えて行く。いずれあの白い塊は陸地のような形相で己の行く先に横たわる。

どうかどうかそのときぼくが、はじめの一歩を誤りませんように。畳む

一次創作,擬人化

擬人化:お台場から愛を込めて砂嵐を越える
2011年7月24日初出(Pixiv)文章が久しぶりすぎて震えます、愛され系宗谷さんと地上デジタル放送の話、と、そうやさんの受難。(時代が見える………)#GAS

まあこの世の中は便利になったもので画面を見ればこのあと自分の耳に悲痛な叫びを流し込むのが誰だか明確になってしまうのが少々うんざりするけれど、ここでこの着信を無視したところであとからふくれあがった面倒ごとが真正面からやってくるのは簡単に予想できたから、小さなうなりを上げる端末機械には心底うんざりさせられる。
乗らない気分を不穏な気配と判断して意識だけこちらに向けたせきれいを背中で感じながら、仕方がないので通話ボタンに指をのばす。ぷちり、とあっけない沈みこみがあって、瞬間、
「そうやくんちょっと聞いてくれるかい!」
耳から少し距離を置いて待ち構えていたのが幸いしてそれほど響かず済んだけれど、やはり大きなものは大きなもので息を一つためてこぼすには十分な声量が通話口から飛び出した。
遠くお台場でのんびり余生を過ごしているはずの先代はこの携帯電話という文明の利器を授かってから何かにつけしょっちゅう自分へこうやってさも世界の終わりに面したような悲痛な声で助けを求めてくるのだけれど、内容と言えば大体が第三者から見れば頭の上に乗った眼鏡を探しているような塩梅で、呆れながら助言とも言えないような言葉を二、三与えて終わるのが常だ。そうして今日に限って、今日のこの日のこの時間に限って言われる事と言えばもはや用件は一つしかない。
「なんですか」
なるべく事務的に、を心がけなければならない関係というのも面白い。それに気づいているのだかいないのだか、それともそれどころではないからなのか、極力の努力をあっさり流して話を続ける。
「てれびが!テレビが砂嵐になるって!」
「ええ、でしょうね」
己の予測が一言一句まったくもって外されなかったことに脱力しながら、電話の向こうで慌てふためくそのようが目に浮かぶ。そもそもあなたはテレビ見るんですか、と聞きたいところだったけれどこれ以上自ら話に踏み入って長電話をするのも本意ではないのでさっさと終わらせるように軌道を修正することにした。
「どうしたらいいと思う?これからテレビが映らなくなっちゃうんだって」
「でしょうね、以前から言われてたじゃないですか」
「昭洋くんが、なんだっけ…”わんせぐ”?とかいうので、あれ、携帯電話でテレビが見られるっていうのを教えてくれたんだけれど、僕のじゃ受信しないみたいなんだ」
「でしょうね、簡単携帯ですから」
「どうしたらいいとおもう?」
「知りません。あなたパンフレット読まなかったんですか」
「読んだよ…仕組みは理解したよ…」
「それでどうして何の対策も行わないんですか」
前もってわかっていることに対してどうしてここまで大騒ぎできるのか、理解の範疇だ予想の範囲だそういったところを全部乗り越えたところで思考するらしい先代の慌てぶりが、それに対して打開策を求められているこの状況がだんだんとイライラに変わるのにもそうそう時間はかからない。
「そもそもあなたはテレビ見るんですか、日常的に」
「あんまり見ないかな」
「けろっと言うな。見ないならそれで良いじゃないですかどうしてそんなに大騒ぎするんです」
「でもたまに見たいじゃない、ニュースでそうやくんが出てる時とか」
「やめてください、恥ずかしい」
ああ、何だってこの人は。
しかし少しでもしょんぼりなんて書き文字が後ろに見えるような顔で声で困ってるんだと一言、言われてしまえばどうにかしてどうにかしてやりたいと思ってしまうのも事実でそれはつまり自分の中の唯一の弱みと言っても過言ではなくてそしてそれは大体誰にでも当てはまるらしい。つまるところ自分でなくてもこの電話の内容をそのまま他のどこかへ向けてしまえばこんな冷たい対応ではないもっとあたたかで的確で迅速な対応が受けられるというのに、何だってこの人は、
「そうや」
「どうしたの、せきれいくん」
話し中だけれど、と視線を向ければその先には何とも言えない複雑な顔。
「なんだかんだでもう30分は喋ってるぞ。気づいてないから言うけど」
「わー、せきれいくんいるの?ちょっとお喋りしたいかもしれない」
「ちょっと黙っててください」

——ああ、これだから。畳む

一次創作,擬人化

擬人化:海上保安庁発足日によせて
過去に発行した同人誌から、成り立ち部分の漫画を。#GAS
20230501192354-admin.png 202305011923541-admin.png畳む

一次創作,擬人化

創作:ある日の拾得物係。
鵠止(くぐどめ)一人(いちひと):同行事務員。ヘタレ。
いろは:配達員。仕事中毒。西暦の陸軍制服準拠。
萩荻(はぎおぎ)主任:拾得物係主任。
七駆(しちかけ)ほへと:集荷担当。馬鹿。西暦の海軍制服準拠。一人のことは「一人(いちひ)っちゃん」呼び。
冬来(ふゆき)夏克(かつか):自称世界の終わらせ担当。ふゆがきてなつにかつ。
内墨(うちすみ):おまじない。/空座(からざ):からっぽ卵。/裏綴(うらつづり):やばいものたち図鑑。
人不成(ひとならず)人非(ひとあらず)人不足(ひとたらず)と合わせて三途(さんず)の一角。やばいものたち。
#郵便屋さんの話

誰がいったか煉瓦の軍艦、丸屋根吹き抜け見事な天井、今日も主任の声が飛ぶ。
「なァんで今日に限って空座(からざ)京葉(けいよう)なんだ!」
「そういう年間計画を立てたのが萩荻(はぎおぎ)主任だからですよ!」
右から飛んできた瓦礫を左で掴む電話で粉砕して、中空に放られていた受話器の根元を一気にたぐる。
放物を中断された受話器の向こうはまるで我関せずの平静で生意気なことを続けて言った。
「ですから帰還しようにも丸の内通用門が閉鎖されているせいで我々が締め出されている状況についての説明と事態の鎮静を求めているだけです」
「あんねえ、いろはくん!」
叫ぶ口元、面布が揺れる。結わいた髪も爆風に揺れる。首紐の先がちゃらりと軽い音を立てた。遠くの方で部下がばたばた死んでいく。
「こちとら二級の封が外れてそれどころじゃねえの!まだ一人くんに内墨(うちすみ)効いてるんでしょ!?空座が京葉で保守点検してっから八重洲の地下から入ってこい!」
「一人さんの内墨は諸事情で効力無効です」
「ほん?!」
「主任!緊急収容手順の五番まで完了です!!」
右から左から喧しいことだ。背後の崩壊はなかったことにする。
どうしてこうなったのかはよくわかっているので反省は後にとっておくとして、ともかく目の前には事象が二つ。
解き放たれてしまった収容手順が複雑な人不成(ひとならず)と、帰ってきた仕事中毒。局に帰るまでが仕事だとあいつに教えたのは誰だった。にやけた馬鹿の顔が一人だけ浮かぶ。あいつだあの馬鹿、今度こそは容赦しない。七駆(しちかけ)の御曹司としてもだ。
「集荷部隊はまだ戻らねえのか!」
「帰ってきててもほへとさんだけですよ!」
「今は馬鹿でも手伝わせろ!」
「お、呼んだー?」
へらりと笑って目の前に飛び出してきた異物を事も無げに排除して、そのまま頭上に迫る鋭利な針状の飛来物をなぎ払い、空間一帯の安全を突如として確保した白詰襟の男が言った。お出まし世紀の一大事、仕事中毒に油を注ぐ史上最高の馬鹿。
「あんねー萩荻ちゃん、俺またおもしれえもん拾ってきたからあとで種別よろしくね」
「ばっかじゃねえのこの状況よく見ろよ!」
等級にして実に裏綴(うらつづり)第二級、簡単に言えば面倒臭い代物、通常の収容手順では害しかないようなもの、人に生まれようとして、そうなれなかった『ひとならず』。生まれついての、人でないもの。
名を与えてはならず、名を書いてはならず、目を見せてはいけない。受容器官を抉り、末端四肢を削ぎ、中央思考に干渉していたはずなのに。
「とりあえず被害はなんでもいい!とにかく空座持ってこい!道なら俺が開ける!」
「ひゅう、萩荻ちゃんかっこいい」
吹けもしない口笛がわりにきちんと口でそう言って、七駆ほへとはへらりと笑う。
「ねえ萩荻ちゃん、俺あれ殺いでこようか」
「おおそうしてくれそうしてくれ、空座が間に合うまでに少しでも抑えられりゃそれでいい」
「任せてよ。お代は薄荷塔(はっかとう)のつけ麺ね」
「”つけ”だけにってか」
「ないわー」
不定形の巨体を持て余すように高いはずの天井まで届くほど手足に似た四肢を、ひたすら数限りなく伸ばし尽くして天井に穴を開けようと試みる異物の五本指は、だからあと一歩届くことなく全て一度に床まで落ちた。
咆哮も断末魔もなく、ただ静かにその衝撃を無音の振動に乗せて空間を揺らす。喧しいのは崩された柱や壁の落ちる音。
一見すれば粉でも練って好き勝手、造形を始める前の遊戯のようだ。乳白色が美しく、全体像は醜いその異物を前にしてすら、白詰襟の眩しさはひときわ陽光に際立って閃いた。
「俺の庁舎壊すんじゃねえよ!」
「おめえは七光りだろうが!」
どう見ても逆手持ちが不利に思える長さの刀を文字通り手の内外で振り回して中空を長く翻るさまは、たった一人で複数の軍勢の肩代わりでもしているようだ。
「あいつ重力って知ってんのか」
「それ主任が言ったらいけないやつです」
さっきから適切に合いの手を入れてくる部下はこれでもうことが始まってから五人目で、先の四人はすでにその辺で肉になっている。
見れば四角の中三つ、中黒の並ぶ荷捌き三等。二級の対処に巻き込まれたか逃げ遅れたか、どちらにせよ今ここで生き残っているなら見込みがある。
「お前今度昇進受けてみろ、きっとすぐ一等になるぜ」
「ええ……嫌ですよこんな職場」
「見込みあるわあ」
ふと思い出して右手に握った受話器を見る。電話の向こうはとうに回線ごと切れていたと思ったが、小心の同行事務員が律儀に保持していたらしい。
「あ、あ、あの、萩荻さん、そちらはいま」
「隣の部下が四回変わったわ」
「え、あのそれは、あ、違う、いろはさんがそちらに向かうとさっき」
「あいつ多分、時刻印押すまで諦めねえよなあ」
「それはそうだと思います。帰還の時刻印でもって業務終了となりますから、その、帰還の定義が満たされないと」
切り刻まれてもすぐに接合し文字通りきりがない異物に対して、体力だけは有り余る白詰襟の馬鹿がひたすら挑み続けてはいるが、さすがにそろそろ埒があかないことには気付き始めていいころだ。
この状況を打破するには、一気に外から包み込んで封じるか、もしくは内部からその細やかな接合一つ一つを確実に迅速に潰すしかない。
それができるのはよりにもよって一番遠く保守点検に運ばれていった空座か、己の仕事にしか関心のない配達員かのどちらかだ。
一人(いちひと)君さあ、なんで内墨切れちゃったの?」
「えっ、もう切れてるんですか……?それは飲んだ本人が自覚できるものなのでしょうか」
「……あの野郎つかませやがったな」
気遣いが下手というより、余計な被害を出さないための懸命な判断なのではあろうが、それにしたって堂々と言い切る姿勢が眩しい。
目眩を覚えた刹那等しく、昇進間違いなしだった五人目の部下が見事に血袋としての役目を果たし、ようやっと道筋が見えてきた。
「よーし、全員聞け!」
つながった。ようやっと開こうとしている道が繋がった。
そも邪魔なのだ、この無駄に歩かされる空間が。そも無駄なのだ、この邪魔な距離の輪郭が。
「第五収容特別定型、目標京葉、対象空座、手順は略式仕方ねえ!責債(さいせき)六人、俺が()す!聞き逃すなよ、応と呼べ!術式三十、"小判鮫"!」
「応!」
分散したあちこちの瓦礫や壁の後ろから、応と答える声が飛ぶ。てんでばらばら散らしたそれは、それでも全て一度きりしか聞こえない。揃いに揃った、珠玉の部下たち。
「体半分持ってたところで意味がねえ!命半分喰われたところで意義がねえ!いいかお前ら、歯ァ食いしばれ!」
第五収容特別定型、通称にして小判鮫。
術式を走らせることで人為的に燐光(りんこう)を発生させる荒技だとは左手を喰われた経験のある事務員の前ではとても言えないが、つまり燐光とは空間同士の干渉により発生する発光とそこに触れるうっかりによって物体が消失する現象のことだ。
うっかり触れて"持っていかれる"現象ならば、きちんと理論でねじ伏せて意のまま"持って来させる"だけだ。
「正答を以て異議異論、回路は誤謬、胚から拝め!」
ぎ、と嫌な音がした。左腕の骨が裂けている。皮膚も肉も正常そのもので、骨のみが内で裂けている。
口上で誤魔化し六人分でその成果をちょろまかそうとしているのだから仕方ない。このくらいなら三日で治る。
五人目の部下は実に良い仕事をしたので、首から上が飛んで行く直前、うまいこと最後の線に連なる具合に倒れこんだ。今までの生きた経験すべてをその血飛沫に変えながら最後の回路を繋げたのだ。いい仕事をした。
回路は一気に廊下を突き抜け誰もが嫌がる遠い歩廊の天井を裂く。とは言えそれは擬似的に、かつ空間だけに作用するので眼前で細く歩廊の様子が見えるだけではあるのだが。
「萩荻主任!」
「おうよ!」
端的な呼応だ、素晴らしい。
一同総出で持ち上げられ、細い隙間へ投げるようにねじ込まれた空座は一瞬、この世の誰の手からも離れて、次いで己の手に収まった。
「空座確保ぉ!」
「ではあとは私が」
端的な会話だ、素晴らしい。
いつの間にたどり着いていたのか、緑を煮詰めて限りなく黒へ近づけたような学生服にも見える制服の、翻る外套は実に優雅な余韻を残して散々切り刻まれた異物へ向かう。
未だその異物を切り刻むことに集中していた白詰襟が、ようやくこちらに気づいたようだ。
「おお、いろはじゃんー。今月業務時間やべえんじゃねえの」
「一人さんは優秀ですので」
常に動き回る思考の中心部分がうまく表皮へ露出するように計算づくで切り刻み、接合具合の調節を続けていた白詰襟にここぞとばかり配達員が加勢する。
右手に掴んだ空座はその楕円の輪郭を今日も静かに温めて、やや生成りのざらつく表皮が美しい。
例外を以てすべてを無に帰す最終兵器。使い方の文法さえ間違えなければ有用な、卵型の安全装置。
「裏綴第二級種別人不成、名称空白、属性肉身、五行七文字例外を命ずる!」
一息で言うにはあまりに重いが、それでも息は限りなく鋭く。
​「"この世にいてはいけない"」
瞬間、左腕の骨が爆ぜた。
右手の中の柔らかな卵は二秒ぼんやり内から光り、さんざこの場を物理的に破壊し尽くしてまわった異物はあっという間に消失する。
まだ中空に放られていた瓦礫の類が最後の一片、床に落ちるまでほんの数秒尾を引いた喧騒は埃が晴れてくるのと同じく、見事その場は沈静した。
「……ぃいっ、でぇ」
肉も皮膚も無事な左腕の、それだけ爆ぜた骨が痛い。
場を仕切る意味もあったがそれより心底からはみ出て来た唸るような訴えに、柱の奥から瓦礫の下からわらわらと部下が湧いて出る。
一番最初に飛んでくるのはやはりいつもの面子の声なのだけれど。
「主任、もー!そうやっていっつも!労災申請の書類を面倒臭くするー!」
「そこ?」
「主任、空座回収します」
漆黒の絹布を恭しく差し出した部下の両手に空座をそっと安置して、自由になる手を確保した。
「第五特別のしかも三十番代を積債六人で上前撥ねようとする人初めて見ました」
「おお、俺も初めてやったよ。意外となんとかなるもんだわ吐きそう」
「腕一本はなんとかなってるって言わねんじゃね?」
文字だけなぞれば和やかな会話に、申し訳なさだけは人一倍の声音が割り込む。
「ああ、あの、ご歓談中にすみません」
「骨やってて歓談はねえわ、一人ちゃん」
「すすすいま、すいませ」
最後の音を見事に噛んで、鵠止一人は気弱な瞳にうっすらと涙を浮かべた。
「あの、どうして裏綴第二級なんかが……」
「どうせ閣下じゃねえの」
人一倍鋭い馬鹿がへらりと正解を言い当てる。馬鹿でなくても今回のようなことに慣れている古株職員であれば、まず真っ先にその可能性に気がつくが。
「かっか…?」
「冬来夏克」
「ふゆきかつか」
「人の形をしたこの世の終わりだ」
何色とも言えない不思議な長髪を翻し、服装だけは一丁前にまともな和装を好み、背の高い下駄を裸足につっかけて呵呵と笑う世界の終わり。厳密には、世界の終わらせ役を仰せつかった自称の男。
「あの野郎、中央に喧嘩売るだけじゃ飽き足らずうちにまでちょっかいかけてきやがる」
「いろはのこと変に気に入ってんだよ。だから一人っちゃんも将来絡まれるよぉ」
「え、ええ……僕は、しがない同行事務員ですよ…なんで巻き込まれ……うう」
困惑の崩壊現場にさらなる困惑を深めて、鵠止一人が情けなく泣いた。
「ここがそういったものを扱う限り狙われはするでしょうね」
「い、いろはさぁん……」
「どうでもいいんだけどよ、誰か担架持ってきてくんねえか」
そろそろ立っているのも辛い。骨のみ砕けてあとは無事、ほかの五体はまるで満足、血の一滴も失われずに重傷だ。
遠くの方から白詰襟とは違った種類の白色いっぱい翻し担架を掲げて御輿部隊が走ってくる。
「通りまーす、通りまーす」
「左右通行、ご協力感謝しまーす」
「前方患者確定、進路そのまま宜しく候!」
「よーそろー」
かつてこの世の七割を覆っていたらしい海とかいうものの上の取り決めで、残された三割の中の限られた平地に建てられた煉瓦造りの長い廊下をひた走る滑稽さはなかなかのものがある。裾を彩る鈴がちりちり、焼けるような音を立てた。
無事に砕けた腕の骨がほかの肉と皮膚と神経を圧迫してそろそろ視界が半分くらいになりそうだ。
「どうして」
同じ滑稽さを感じたわけではないだろう、まだべそべそと泣いていた気弱な同行事務員がぽつりと疑問で空気を揺らした。
「どうして世界を終わらせようなんて」
すでに三回、終わっているのに。
西暦は消え、東暦は潰え、南暦に至っては三桁で終わった。
四度目始まりの陽光なんか知りやしないが、残された北暦が今まさにこの呼吸の最中だ。
「知るかよそんなの」
「我々には若干の確信があります」
同じ呼吸で、白黒別のことを言う。
余計なものを拾ってくるのに忙しい集荷担当と、見事捌かれた荷を届けることしか興味のない配達員。
左右から相反することを言われてなおさら泣きそうな眉が歪んだ、左手を燐光に喰われて拾われた唯一の同行事務員。気弱ながらなんとか今ここに二本足で立っているなら上出来だ。
ここ数年の感覚で姿を見ない局長。特別収容物をこともなげに解放し、あらゆる損壊を引き起こす人型の災厄、自称世界の終わらせ役。役者は要所に揃っている。
異物に破られた丸屋根が既にその外壁を修復しつつあるのを見上げて、膝裏を御輿部隊にどつかれた。
「患者、拾得物担当萩荻主任」
「おうっふ、優しくしろよ。怪我人だぞ」
「でしたら、素直に優しくさせてください。担架へどうぞ」
何事からも己を引きちぎって平坦を保つ布地に身を預けるのは久々だ。
あちこち穴が空き、崩れ、それから自己修復されていく抜けた天井、砕けた柱、破れた壁、めくれ上がる床。
「これ中央への請求額どうなるんだ…俺は損害概算しねえぞ」
「患者、安静に」
「へい」
ともあれ自体は一番の混乱を超えているはずだ。このあと利き手で書類へ署名できるのはしばらく先になるはずだから、二番係に署名権限は委譲され、(かかり)筆頭(ひっとう)が泣くだけだろう。
「萩荻主任!てめえほんと五ヶ月先まで恨みますからね!」
「おー、覚えてたら椿通(つばきどおり)連れてってやるよ」
「言質!言質とりましたからね!」
予想通りどこかから飛んできた恨み言を投げ返して、そろそろいい加減御輿部隊からの殺意に口を閉じる。
左半身がまるで燐光に喰われたような感覚だ。どこも喰われた経験はないが。
「俺このまま死ぬ?」
「患者、死なせはしません」
「我々はそのためにいます」
頼もしい言い切りもどこか耳の後ろ、遠くから聞こえてくる。
これはいよいよ己自身をまず休める段階へ来ていることをさすがに自覚して目を閉じた。
少しの御輿の揺れから治療室らしき匂いが香って扉が閉まる寸前、頭の奥でなにかが呵呵と笑った気がした。畳む

一次創作

創作:郵便屋さんの話。
世界が三回終わった北暦(ほくれき)で教員を頑張ろうとして郵便屋さんに拾われる話。#郵便屋さんの話

すでに三回終わりきった四回目の暦だとして、己自身の終わりを明確に意識できる機会に見舞われるのは、それでもきっと珍しい。
無意識で飲み込んだ生唾が動かした喉仏だけが突きつけられた切っ先の下で唯一、呑気だ。そのまま息をするのも許されそうになくて、思考回路は迷走を極めていく。
打開のために喉を震わせたのは、しかして情けないほど引きつった声だった。
「く、鵠止(くぐどめ)一人(いちひと)二十七歳中央研究室付属第三校考古学専攻学科准教授好きなものは『薄荷区(はっかく)』のみつ豆で趣味は裁縫嫌いな食べ物は蜂の巣です!!」
後半、自棄である。
徐々に勢いづいて大きくなる声量は多少周囲の木々を揺らしはしたが、目の前にある凛、と音でも鳴りそうな人影には一片も響かない。
一見すると真っ黒な、深い緑を煮詰めたような少し青みの色彩で統一された、西暦のころの学生服と軍服を合わせたような詰襟。
暗がりによくとけ込みそうな外套の中、すらりと伸びる四肢の中心、陣取るように華奢とも言える細面。行儀よく頭を包む制帽は深く被っているわけでもないのに、ずいぶんと目元に落ちる影が濃い。
「怪しいものではないんです、ほんとうです、ほんとうなんです所属は中央に問い合わせてくださいしがない実地検分途中の准教授なんですほんとうです……」
「常套句とは、わかっていらっしゃるようですね」
呆れたような声色で、ようやく刃は喉から引かれてあるべきところに収まった。
「少なくともこちらが定めた入り口以外から敷地内に入る時点で、だいぶ怪しい自覚はおありで?」
「うう、すいませんどうも道に迷ったようで」
この瞬間、さきほどの自暴自棄な名乗りと自己紹介の後ろに方向音痴も付け加えられたに違いない。
確かにどうみてもここは建物の裏手側の類、少なくとも来訪者に開かれた雰囲気ではないし、周囲は控えめに見ても森だった。
踵を返した制服姿の向かう先、重厚な煉瓦作りの赤茶色い建物は、いくつかの丸屋根を戴いて避雷針がわりの風見鶏をぬるい八月の空気に回転させていた。
そのくせ、空はどんよりと灰色である。
「あの、あ、あの……ええと」
「どうぞこちらに。出自がどうあれあなたもここにいるということは、そういうことです」
「はい、ええと、はあ……」
説明しないわけではないが、言葉を増やすつもりもないらしい。
自己申告はすべて事実で、なにをどうしてこんなところに出たのかわからないのであればもはや翻るその後ろ姿を追う以外にはないのだ。
山道を歩く予定なのだから慣れた靴を、と選んだ半長靴がためらうほど磨かれた廊下を少し歩いて通された一室で外套と鞄を所定の位置であるらしい壁に掛け、ようやく敵意のなさそうな手が差し出された。
「どうぞ、おかけください。いま担当を呼びます」
白手袋の示す先、一人用の革張りの椅子。二つ並べられた左右のどちらか選びかねて、いっそ対面の二人掛けを占有してしまおうかとも思う。
三つある選択肢のどれを選んでも居たたまれない気持ちに差異がないならと腹を括って、利き手の方に荷物を置いた。
そんな葛藤を知ってか知らずか、内線らしき黒電話に置かれた受話器がちりんと一つ無自覚な金属音を立てた。
慣れている、のだろうか。何を言っても言い訳にしかならないような不法侵入以外の言葉を欲しいくらいの状況と、その対処に。
いつの間にやら出されていた、美しい緑茶で満たされた湯のみで右手を暖めながら、曇る眼鏡に少しだけいつもの悪態をよぎらせる。
「さて、担当が来るまでに少しお話を伺いたいのですが」
「うぇおっ、う、はいっ、どう、ず」
「道に迷ったと言われましたね、実地検分とも。麓のあたりにお宿が?」
問われて初めて、絶句した。
「……ええ、と」
空が、どんよりと灰色である。
「わか、り、ません」
まるでそこだけ、丸ごと抜き出されたようだ。
例えば続き物の小説の中巻、調べたかった百科事典の"か"行第七巻、箱の形で思い浮かぶのはきっと普段から書物に囲まれているからだろう。
素直な自己申告は、すべて事実だ。
「なるほど、よくわかりました」
そんな答えでも、及第点以上ではあったらしい。
「先にご説明しておきますと、先ほど呼んだ担当者は遺失物係の者です」
「遺失物、ですか」
「付け加えて、ここはそうった"失くしもの"を探す方の照会先としても機能しています」
無くす、亡くす、失くす、ありとあらゆる、なくなってしまったもの、者、物。
「ぼ、くの場合は、それが、出自ということですか」
声が掠れる。いつものことだ、緊張したり戸惑ったり、臆病で過敏な精神にこんなところだけが従順だ。
「いいえ、出自は先ほどご自分で述べられた通りです。厳密に言うのであれば、直近の記憶と言うところでしょう」
「い、いま、今日は何月の、いつですか」
「八月の十七の日、夏時間ですので中間を過ぎて七時と十二秒ですね」
最後に暦の一覧を見たのはいつだったか。
もともと研究職ゆえか世間一般の動きとは盛大にずれのある、よく言えば縛られない生活をしていた。縛られるとすれば唯一、論文やら試験問題やらの締切日だけだ。
試験問題の。
「し、試験、だったはずなんです。夏期休暇前の、二期の、進級試験で、一学級全体で取り組む実地を含んだ、もののはずで」
確信が、確信だけがない。感覚はそう示す己の過去に、普段であれば何も言わずに付属するその確信だけが、今はない。
失くしたものは、その確信ではないのか。
「試験、問題の……流出があって、それで、急に、準備のできないようなもので、することになって」
「その先は、担当者が詳しく伺います。ところで」
混乱を落ち着かせようとする意味か、明らかに意図して言葉を切った。
「あなた、どうも左手も失くされてるようですが、お気づきですか」
「え、」
確信と、左の手。
見やる先には空っぽの袖。右手だけを暖める、湯のみ茶碗。
確信と、左の手。
木々が揺れる。座っているのに足下が揺らぐ。風もないのに風見鶏は回る。

空は、どんよりと灰色。畳む

一次創作

短歌:一次創作、あるいはなんでもないもの
詠みためたもの、うたよみんやTwitterやmisskeyに投稿したもの。気が向いたらまたまとめて別に投稿する予定です。

日本語の一番最初はあいから始まる 猫の瞬く最微速見る(最微速についてはこちら
人生はいつなんどきも今までを切り売りしていく商売であり
「髪の毛は長いと意外に便利だよ」笑った君と髪が燃えてる
わりと今にやけているにはそれなりの理由があるが君のことでは
この海か空にひとすじ凛とした傷をつけたら散ってもいいかな
刑場に行けば我らの栄光の証があると君が言うから(付記:革命)
海を知るこのあしもとは永遠にあの砂浜を踏むことはない
言い訳と詭弁と理由と弁明と君の傷とのあわいはどこだよ
君を詠むための言葉が足りないのとらえどころがないからでなく
恋とかいう心の臓に溢れてる口に出せない血潮の色して、
天国も地獄も君の主観であって、君の奈落に僕はいなくて
その愛をただ一色で映すには、もったいなくて黒点を指す
個々人の名前はいずれ数になり乗員乗客総数となる
星光る声が呼ばない夜を知る 三角定規で平行線引く
いつかまた海に焦がれる時が来る 今はそれまですくすく往けよ
僕の中の怪物が君を食べようとして火を吐いた夜だよ
物言わぬ潮風に旗靡かせて さんざめいている 君が手を振る
海なんかもう何年も来ていないみんなそこから産まれてきたのに畳む

一次創作,短歌