散る散る満ちる。

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No.54

擬人化:くもりぞら、アラート、
2011年12月15日初出(Pixiv)総合訓練が天候不良で中止になったのでそうやさんが遊びにきました。そんな話。#GAS

およそ海を知る身にとって低気圧というものは嬉しいものではありえない。悪天候で雌雄が決する戦いなどいまの世界には、少なくとも己のいた海峡間では起こりえなかった。つまりこの世は平和なのだ。
近く、しかしもはや自力ですら辿り着けない湾内で一年に一度の盛大な催しがあるとかで、隣の桟橋は空っぽだ。
波が不穏にうねる。低い圧力にぎしり、肩が軋む。腹にぶつかる冷たい海水が生ぬるい波を生んで、不規則に吹き下ろす風がばたばたと煩わしい。黄みがかった灰色の空が降ろした幕で遮られた陽光は景色を見事に平均化した。
一輪、切り裂いたような白色。
「こんにちは」
穏やかに響く柔らかい低音。いまだ現役の、赴任地は親しんだ北国の果てでその白色を見慣れてはいてもけして親しくはないその影と気配。
改造の末に砕氷船として生きた隣のアラートオレンジ、その後継として造られた、この国二番目の砕氷船。
青い海に映えるように威厳をもって制する白色、穏やかに上がる口角、なにを取っても似つかない外見はしかし不思議と既視感になじむ。
「こん、にちは…あれ、えーっと…東京湾でなんとかじゃなかったんですか」
とっさに名前が出てこなくて、少しの驚きでごまかせる範囲を探るように名称をぼかす。
「観閲式はこの天気だから中止になってしまって…時間が空いたものだから」
「あ、そうなんですか。わざわざどうも」
「ええ、突然でご迷惑かとも思ったんですが」
距離を測りかねているわけではない。ただ、立ち位置がやや不明なのだ。
直接的な関係はなくて、間接的というにもそのつながりは薄い。ただ単に、隣に並ぶ船の、後継というだけ。親だ子だ孫だ血縁だ、そういうものが存在し得ない関係だからなおのこと作る顔に困ってしまう。もちろんそこには主な目的が自分との会話にないだろうという予測も含まれているからこそ。
「先代は?」
「ああ、この天気なんで朝からちょっと」
調子が悪いみたいですと素直に申告しそうになってから慌てて気遣いのようなものが顔出して、おかげでやけに含みのある言い方が残る。ただ動くこともなく係留されているだけの状態は、思ったよりも天候に左右されやすい。気圧が低ければ節々は軋み、脆く弱くなった鋼鉄は悲しげに引き攣れる、毎回のことではないけれど時折、目を開けてすらいたくない時というのがどうしてもやってきてしまうのだ。
その微妙な心境を長らく前線で働く立場にどうやって伝えたものかと逡巡してみても、予想に反して相手はそうですかなんて納得している。
「…ご迷惑じゃありませんか」
「何がです?」
「いえ。——いつも、みていてくださるんですか」
その「みている」に含まれる意味がどちらなのかわからなくていまいち漢字に変換することが出来ないけれど、結局どちらの意味でもたしかにいつも、それこそいつも、みていると言えばみている。
「そう、ですね。ま、この距離なので」
「そう、ですよね」
ふふ、とこぼれるその笑い方を、似ていると言ったら気を悪くするだろうか。遠く、想像のつかないという意味では同じ距離を走った経歴で、生粋ではなくとも砕氷船として生きていれば所作の端々も自ずと似通うものなのだろう。
風が吹く、先ほどよりすこし強い。日も暮れて空気も心なし冷えている。程度の差はあれ、自分だってここでぼんやり立っているけれど、指先の細かい動作が今は不安だ。
来客には悪いけれど早々に引っ込んでしまおうと肩にかけた外套の襟を正す。
「これから宗谷さんの様子見に行って、それから俺も中に入りますけど、どうします?一緒に行きます?」
「うーん…先代、寝ているだろうから起こしてしまうと悪いし、今回は遠慮します」
「わかりました。起きてたら追いかけないように言っておきます」
その意味を理解したのか小さく吹き出して、頼みましたとほほを緩めた。
気が向けばどうしようもなく執着するくせにまったくあっさりと境界線ではねのける、その多面体の原因がどこにあるのか知っているからなのか、それとも自分の知らないなにかを語られたことがあるのか、くすんだ陽光に挑むような潔癖の白色をまとってこんな日にはぜひとも拝みたい夕日にも似たアラートオレンジを見つめる視線は少し、安直さに欠けた。

一番居心地が良い、と自負するだけあってなかなか座り心地の良い士官食堂のソファの上でまるでおびえるように小さく寝転がる姿を見ながら、その視線に含まれた何かを自分は詮索するべきかどうかを少し迷った。畳む

一次創作,擬人化