擬人化:なつの洋上、きらめく2012年8月26日初出(Pixiv)夏のつがるさんと、ユーカラさんの話。いちゃこらしてます。#GAS続きを読む北国とはいえど夏場になればそれなりに暑いものは暑い。そういうとどこかで勝手に我慢大会をはじめて、参加表明もしていないのに周囲はそれに加わるべきだと信じて疑っていないような南方の住人がわめきだしたりするのだけれど、頑に。暑いものは暑い。陸上ならばまだ、日差しを遮るものがあるだろう。反転、洋上ではまるでなにもない。どこまでも続く水平線、平時であればロマンにあふれたこの決まり文句も今だけはただただ地獄の入り口にも等しい。上空へ上がってしまえば高度と温度は反比例してずいぶん凍える思いもするから、己はましな方だという自覚はある。だがその基地となる船はと言えば毎回見える景色はほぼ同じ、洋上に一点、目の覚めるような白色を横たえて一切の日影を持たない。晴天の陽光を跳ね返し、挑むように浮かぶ姿に心底惚れているのは自分だけれど、それが気の毒にならないかといえばそうではない。暑いものは、暑いのだ。「あっ……つい、って、いったら一回いくらだっけ?」「百円か五十円でさっき揉めてたな」「やー、もうこの暑いのにそんなことに体力使うのもったいないわよ、絶対」散々主張した上であっさり翻すが、外気温に関わらず船内の空調は整っているのだから格納庫なんかよりもっと涼しい場所はある。さっさと涼めばいいだろうに、何故だかいつも文句をいいながらここへ来る。その理由が自分で思っているものと同じであるか確かめたことはない、といったらどこかの誰かはあきれ顔でなんて臆病だとため息をつくだろう。「ねえ、涼しくなるような話して」「……昔、海面捜索しててだんだん暗くなってきたんだけどな、気づいたら現在地がわかんなくなって、燃料も少ない上にそこがたまたま起伏の多い地形だったからどこに不時着していいかもわかんなくてな、そんで」「やめて、わかった冷えた。ありがとう。あと君自身のことでなくてよかった」「固定翼が着陸しようとしたら滑走路の灯火じゃなくて格納庫の灯火であわや、だった話は?」「いい、いらない。あー、機体がひんやりしてて気持ちいいわ」機長席から軽やかに降りて、その柔らかい手のひらを押し付ける。このまま抱き枕にならないかな、とささやかな希望を聞いたのはなかったことにする。「君は、さ」一瞬よこしまなことを考えたのが気配でも伝わったかと身構える。「君は、どれくらいあたしのこと好きなのかな」身構えたまま、動けなくなった。そんなこと考えたこともなかった、からではなく、搭載機であると定められた瞬間からもう、どうにも焦がれてやまないから。ただ帰る場所はひたすらにここで、彼女で、その一点で、送られるその言葉も迎えられるその言葉も、ただ彼女からのものであるから自分の世界に意味を持つのだと、思っていたから。尺度は、用意もなかった。「ど、れくらいって…言われてもな」言葉に詰まる。自分の知るありとあらゆる単位では、その輪郭にすらふさわしくない。かつてないほど考えて、ふと、明確な数字はあるだろうけれどその正解を知らないものがひとつ。「あー……海の体積くらい」少しだけ語尾を上げて疑問のようにしたのはせいいっぱいの照れ隠しであることが伝わらなければ良いと思う。ふうん、とそれを受け取ってからの真面目な顔で返る言葉をひたすらに待つ。「1.37メガ立方メートルか」「っ、おい、人のせいいっぱいの回答をお前は……!」さらりと明確に示された数字は予想もつかなかったけれど、自分なりにうまいことを言ったつもりでもあっただけに反動は大きい。「はは、冗談だよ」「じゃあそういうお前はどうなんだよ」売り言葉に買い言葉、というには自分に都合が良すぎると思いながら反撃の意味を込めて今まで秘めていた気持ちを一つ、口から放つ。言葉という輪郭を持って放たれたそれは、どうやらすんなり届いたらしい。ほんの少し予想外だったように目を開いて、吞み込んで理解するまでの二秒、細められた瞳はまっすぐに貫いた。「言わなきゃ、わからないかな?」もうぐうの音も出ない。かなわないのだ、どうあっても。ないものだと思っていたけれど、確かに胸の辺りが温度を持って跳ねる、喜びにかそれとも別のなにかにかはわからないけれど、心というものがあるのだとしたらきっとそれはこの温かで、熱いくらいの温度で喉を灼くのだろう。返す言葉は、見つからない。無言の敗北、惚れた弱み。「君のそういうところ、好きだよ」ふわりと首を少し傾げて、ああたぶん、わかってやっている。その満面に浮かべた笑みが、ふいになにかを察して緊張感をはらむまで、一瞬だったのがまだ救いだ。「さあ、お仕事だ」身の引き締まる、単調な高音。続く状況の断片、にわかに騒がしくなる船内のざわめきを遠くに聞きながら浮かべる笑みの種類は違う。仕事とあれば切り替えは簡単なはずなのに、今のこの瞬間だけは名残惜しい。「あのなあ、つがる」ため息まじりに名前を呼ぶ。そのあとに続く言葉は特にない。呼んだ名前の残す空気がいつもよりも耳につく。矢継ぎ早に状況が明確になって、どうやら自分も出番のようだ。「言い分は帰ってから聞くよ、ほら、いってらっしゃい」甲板に引き出されて着々と飛ぶ準備の進む中で自分の背を押す当たり前の単語が意味を持つ。その対になる言葉を聞くために、やるべきことは目の前に。飛び上がった眼下に一点、やはり日影を一つも持たない目もくらむような白色。畳む いいね ありがとうございます! 2023.5.9(Tue) 15:55:53 一次創作,擬人化
2012年8月26日初出(Pixiv)夏のつがるさんと、ユーカラさんの話。いちゃこらしてます。#GAS
北国とはいえど夏場になればそれなりに暑いものは暑い。
そういうとどこかで勝手に我慢大会をはじめて、参加表明もしていないのに周囲はそれに加わるべきだと信じて疑っていないような南方の住人がわめきだしたりするのだけれど、頑に。暑いものは暑い。
陸上ならばまだ、日差しを遮るものがあるだろう。反転、洋上ではまるでなにもない。どこまでも続く水平線、平時であればロマンにあふれたこの決まり文句も今だけはただただ地獄の入り口にも等しい。
上空へ上がってしまえば高度と温度は反比例してずいぶん凍える思いもするから、己はましな方だという自覚はある。
だがその基地となる船はと言えば毎回見える景色はほぼ同じ、洋上に一点、目の覚めるような白色を横たえて一切の日影を持たない。晴天の陽光を跳ね返し、挑むように浮かぶ姿に心底惚れているのは自分だけれど、それが気の毒にならないかといえばそうではない。暑いものは、暑いのだ。
「あっ……つい、って、いったら一回いくらだっけ?」
「百円か五十円でさっき揉めてたな」
「やー、もうこの暑いのにそんなことに体力使うのもったいないわよ、絶対」
散々主張した上であっさり翻すが、外気温に関わらず船内の空調は整っているのだから格納庫なんかよりもっと涼しい場所はある。さっさと涼めばいいだろうに、何故だかいつも文句をいいながらここへ来る。その理由が自分で思っているものと同じであるか確かめたことはない、といったらどこかの誰かはあきれ顔でなんて臆病だとため息をつくだろう。
「ねえ、涼しくなるような話して」
「……昔、海面捜索しててだんだん暗くなってきたんだけどな、気づいたら現在地がわかんなくなって、燃料も少ない上にそこがたまたま起伏の多い地形だったからどこに不時着していいかもわかんなくてな、そんで」
「やめて、わかった冷えた。ありがとう。あと君自身のことでなくてよかった」
「固定翼が着陸しようとしたら滑走路の灯火じゃなくて格納庫の灯火であわや、だった話は?」
「いい、いらない。あー、機体がひんやりしてて気持ちいいわ」
機長席から軽やかに降りて、その柔らかい手のひらを押し付ける。このまま抱き枕にならないかな、とささやかな希望を聞いたのはなかったことにする。
「君は、さ」
一瞬よこしまなことを考えたのが気配でも伝わったかと身構える。
「君は、どれくらいあたしのこと好きなのかな」
身構えたまま、動けなくなった。
そんなこと考えたこともなかった、からではなく、搭載機であると定められた瞬間からもう、どうにも焦がれてやまないから。
ただ帰る場所はひたすらにここで、彼女で、その一点で、送られるその言葉も迎えられるその言葉も、ただ彼女からのものであるから自分の世界に意味を持つのだと、思っていたから。
尺度は、用意もなかった。
「ど、れくらいって…言われてもな」
言葉に詰まる。自分の知るありとあらゆる単位では、その輪郭にすらふさわしくない。
かつてないほど考えて、ふと、明確な数字はあるだろうけれどその正解を知らないものがひとつ。
「あー……海の体積くらい」
少しだけ語尾を上げて疑問のようにしたのはせいいっぱいの照れ隠しであることが伝わらなければ良いと思う。
ふうん、とそれを受け取ってからの真面目な顔で返る言葉をひたすらに待つ。
「1.37メガ立方メートルか」
「っ、おい、人のせいいっぱいの回答をお前は……!」
さらりと明確に示された数字は予想もつかなかったけれど、自分なりにうまいことを言ったつもりでもあっただけに反動は大きい。
「はは、冗談だよ」
「じゃあそういうお前はどうなんだよ」
売り言葉に買い言葉、というには自分に都合が良すぎると思いながら反撃の意味を込めて今まで秘めていた気持ちを一つ、口から放つ。言葉という輪郭を持って放たれたそれは、どうやらすんなり届いたらしい。
ほんの少し予想外だったように目を開いて、吞み込んで理解するまでの二秒、細められた瞳はまっすぐに貫いた。
「言わなきゃ、わからないかな?」
もうぐうの音も出ない。かなわないのだ、どうあっても。
ないものだと思っていたけれど、確かに胸の辺りが温度を持って跳ねる、喜びにかそれとも別のなにかにかはわからないけれど、心というものがあるのだとしたらきっとそれはこの温かで、熱いくらいの温度で喉を灼くのだろう。
返す言葉は、見つからない。無言の敗北、惚れた弱み。
「君のそういうところ、好きだよ」
ふわりと首を少し傾げて、ああたぶん、わかってやっている。
その満面に浮かべた笑みが、ふいになにかを察して緊張感をはらむまで、一瞬だったのがまだ救いだ。
「さあ、お仕事だ」
身の引き締まる、単調な高音。続く状況の断片、にわかに騒がしくなる船内のざわめきを遠くに聞きながら浮かべる笑みの種類は違う。仕事とあれば切り替えは簡単なはずなのに、今のこの瞬間だけは名残惜しい。
「あのなあ、つがる」
ため息まじりに名前を呼ぶ。そのあとに続く言葉は特にない。呼んだ名前の残す空気がいつもよりも耳につく。
矢継ぎ早に状況が明確になって、どうやら自分も出番のようだ。
「言い分は帰ってから聞くよ、ほら、いってらっしゃい」
甲板に引き出されて着々と飛ぶ準備の進む中で自分の背を押す当たり前の単語が意味を持つ。その対になる言葉を聞くために、やるべきことは目の前に。
飛び上がった眼下に一点、やはり日影を一つも持たない目もくらむような白色。畳む