擬人化:君と箱庭の空2017年11月12日初出(Pixiv)郵船さんと横船さんの関係性が萌える、というだけの話です。「擬人化四季報」に寄稿したので、ちょっと火がつきました。本文後に登場人物などの説明。#GAS続きを読む触れた手のひらに伝わるあまりにも直接的な骨の感触に、横船は思わず眉が寄る。「おっまえ……」「何だ、離せ」返ってくるのは予想通りの声質。慣れたものだ、怒っているわけではないとわかるが、あと一歩のところでもある。元はと言えば横浜市民の憩い場になって久しい娘(男)からの深刻そうな相談だった。「郵船のお父様がね、また最近ちょっとお痩せになったように見えるの」「お痩せにってあいつもう減るとこないじゃろ」「ないと思いますでしょ?どうもあったらしいんですのよ……氷川の気のせいと思いたいですけど」気のせいじゃないぞ氷川、と心の中で思念だけ飛ばしておく。受信ができたかはわからないが、おそらく何かしら飛んで行ったことだろう。「お前なー、もうあばらゴリッゴリじゃねえか、ちゃんと食べてんのか?」「食べ」「おいそこで止めんな、顔を!逸らすな!」長年の付き合いは三桁を越えた、お互いの扱いも慣れたものだ。元々彼女は細かった。初めて出会った時から、華奢という形容は似合わないけれど、造船所として成り立った己と比べなくても細かった。どうやってその骨とうっすらした肉と皮だけであんなにも色々なものを踏みしめて乗り越えてこられたのかと思う。その肉と骨の内に秘めるものはあまりにも大きくて、強い。それは十分すぎるほどわかっているけれど。「成田の方でなんぞやいやいとやっとるんじゃろ、ちゃんと寝てんのか」「なんで知ってる」「お前なー、俺はもう天下の三菱じゃぞ。いやでも耳に入ってくるんじゃ」これは少し嘘があって、本当は自分から情報収集をしているのだけれど、ばれたところであまり結果に変わりはない。慣れたものだ。三菱、と己の所属を指すときに彼女が少し揺らぐのも。お互い、慣れてはないらしい。約束もなしに乗り込んだ本社で、部屋に入るなり怪訝な顔のままその場に立たせてあばらに触れた。こっちの方が慣れてしまってはいけない気がする。「ええーお前ほんと…どこにこれ以上減るもんがあるんじゃい……おかしいじゃろ……物理的に…」「物理」「質量保存の法則とかそのあたりが乱れとるぞ絶対」「燃焼するのか、あたしは」自然ため息は大げさになり、あと一歩の限界値が残り半歩になる。そも人間ではないけれど、人間を基盤に成り立っている概念だ。寝食が必要な理由も始まりからわかっているはずなのに、何かが理解しているはずなのに、彼女の中の別の何かはそれをねじ伏せて摂取するエネルギーをすべて己の行動に費やしてしまう。休むことをしないのではないだろう。必要な分はきっちりと計画されているはずだ。なまじ長生きしているだけあって、己の限界を見極めるのは早く的確であるはずだ。慣れたものだ。見上げた顔は微塵も疲れを感じさせない。ただ、眉間のあたりに穏やかではない空気がある。理由はうっすら知っている。本当のところは干渉できない。本当のこころは干渉できない。「なんで、なんで俺お前にこんな頭悩ませてるんじゃろな…」「悩まなくていいと言ってるだろう」「おー、うるせーうるせー。そういうのは昼飯食ってから言えー」時刻は正午過ぎ。どうせ朝に何か口にしただけで今の今まで座りっぱなしだ、大した消費もしてないと言い聞かせてろくなものも口にしていないだろう。机上の乾いたカップの中に、完全に乾いたコーヒーの色が物語る。このひとなにもたべてないです。「美人薄命っていうじゃろ良い加減にしろ」「言う相手を間違えてないか」「美人じゃろが」いつもならここで残りの半歩、歩み切ってしまっている。文字通り首根っこ掴まれて放り出されるのがオチだ。ただし、時刻は正午過ぎ。燃料切れの体内もまた事実。迫力のある顔と、深いため息で事は済む。慣れたものだ。「ここで立ち話してても始まらん、お前もう何でも良いから食べたいもの言え」長く深い沈黙は想定内、少し視線が泳いだ後の回答は想定外だった。「……シュークリーム」「しゅうくりいむ」「chou à la crème」「憎いほどネイティブ」場所は東京丸の内。およそ何でも、あるものはある。なにせ起源は岩崎弥太郎、呼ぶ人が呼ぶ三菱ヶ原、己も相手もそこに還ると言っても過言ではない。「うん、まあ…俺この辺詳しくねえけど…なんかあるじゃろ、店」「あるな。受付で聞いてこい」「おう、そうするわ。ちょっと待っとけ」簡易ながら十分な存在感の応接ソファに座らせて、これまたノックの音が果たして通るのか不安になるような扉を抜ける。気が変わらない内にと逸る足が転ばないようにだけ気を配る。場所は東京丸の内、時刻はちょうど正午過ぎ、太陽は午後の眼差し、空腹が味方する。手のひらには硬い骨の感触。皮一枚の下に通う血潮の鳴動まで感じられそうだった、大げさでなく。氷川に聞いた、と素直に言っても良かったが、まだそれは最後の手段として取っておく。心を新たに前を向き、決意を新たに駆け出した。ひとり、嵐のような来訪が去った静けさに取り残されている。確かに空腹ではあったので、そろそろ切り上げてしまおうと思っていたところだった。脇腹の少し上、ちょうどあばらの終わりのあたり、どこから見てもくびれなんてものはないが、体格の割に大きな手のひらに不満だったらしい。「……わかってないな」誰にも聞かれやしないから、と珍しく自室なりの油断で声に出す。成田のごたごたは、きっともうすぐ片が付く。確かに少し切り詰めていたが、そこまで重労働とは思っていなかったのも事実だ。「…わかってないぞ、ばか」口にするのは何でも良かった。できれば軽いものだと良かった。それでも何だか真剣に見つめる視線で思い至った。「横浜からだろうが、あいつめ」望まれて、うまれた。言葉は同じでも望まれ方がまるで反対だ。片や共倒れを危惧されて、双方から半分ずつ。片や京浜地区一帯から市民から、本当に必要とされて。「一緒なら、」一緒なら、きっとなんでもできると思った。全くそうは、ならなかったが。本当は、隣に座って、言葉もなくて、静かで良いのだ、こんな午後は。時刻はちょうど正午過ぎ、太陽は午後の眼差し、空腹は静かに訴えてくる。切れてしまえば回らない集中と思考回路。単純なものだと己でも思う。疲れた目頭をもみほぐす指も、彼にしてみれば細すぎるのだろうか。人間と同じように影響しない時間の中で、多少は変化があったと思う。最低限と整えている爪には一本の筋もなく滑らかで、短く端正に揃えられた丸みが気に入ってはいる。少しだけ節が目立つが、無表情ではないと思う。気に入られようとあえて思った事はない。嫌われてると思っているならそのままでいい。気づかないでくれ、と思う。これ以上重荷になってたまるかと思う。決別の仕方が仕方だけに、そもそも彼は己に対して引け目があるのはわかっている。嫌という程。心配をかけるつもりはなかった。動向を知られる気もなかった。愛しい娘の観察眼を、少し侮ってはいのかもしれない。口にするのは何でも良かった。味の有無すらどうでもよかった。ただ隣に座ってうるさくしながら何でもない話ばかりしたかった。できれば明るい話を。本当は、「お前と一緒ならなんでも良いんだ」溢れた言葉はおそらく誰も聞き取れない振動で目の前の空気を震わせただけだった。——————————————————+++——————————————————娘(男):氷川丸さんのこと。女装おじいちゃんなので。また、氷川丸さんは郵船さんのことも横船さんのことも「お父様」と呼びます。郵船さんが自分のところの船には全部自分を「父」と呼ばせているだけです。成田でやいやい:NCA設立のあたりです。時系列をお察しください。昭和50年代丸の内にはたしてシュークリームがあるのか。きっと洋菓子店はあったと信じたいです。余計な時系列を作らなければ良かったのですが、郵船さんがあの規模になってから痩せるようなことがあるのはきっとこのときくらいだと思います。シュークリーム:幕末の横浜外国人居留区ですでに西洋菓子店が営まれており、一説にはメニューにシュークリームはなかったそうですが、当時すでに本国ではメジャーなお菓子であったのでおそらくそこが日本に入ってきた最初では、ということです。なお、そこに日本人菓子職人が修行に行きその後に日本で初めてシュークリームを発売する菓子店を開店したとか。畳む いいね ありがとうございます! 2023.5.9(Tue) 16:05:40 一次創作,擬人化
2017年11月12日初出(Pixiv)郵船さんと横船さんの関係性が萌える、というだけの話です。「擬人化四季報」に寄稿したので、ちょっと火がつきました。本文後に登場人物などの説明。#GAS
触れた手のひらに伝わるあまりにも直接的な骨の感触に、横船は思わず眉が寄る。
「おっまえ……」
「何だ、離せ」
返ってくるのは予想通りの声質。慣れたものだ、怒っているわけではないとわかるが、あと一歩のところでもある。
元はと言えば横浜市民の憩い場になって久しい娘(男)からの深刻そうな相談だった。
「郵船のお父様がね、また最近ちょっとお痩せになったように見えるの」
「お痩せにってあいつもう減るとこないじゃろ」
「ないと思いますでしょ?どうもあったらしいんですのよ……氷川の気のせいと思いたいですけど」
気のせいじゃないぞ氷川、と心の中で思念だけ飛ばしておく。受信ができたかはわからないが、おそらく何かしら飛んで行ったことだろう。
「お前なー、もうあばらゴリッゴリじゃねえか、ちゃんと食べてんのか?」
「食べ」
「おいそこで止めんな、顔を!逸らすな!」
長年の付き合いは三桁を越えた、お互いの扱いも慣れたものだ。
元々彼女は細かった。初めて出会った時から、華奢という形容は似合わないけれど、造船所として成り立った己と比べなくても細かった。どうやってその骨とうっすらした肉と皮だけであんなにも色々なものを踏みしめて乗り越えてこられたのかと思う。
その肉と骨の内に秘めるものはあまりにも大きくて、強い。それは十分すぎるほどわかっているけれど。
「成田の方でなんぞやいやいとやっとるんじゃろ、ちゃんと寝てんのか」
「なんで知ってる」
「お前なー、俺はもう天下の三菱じゃぞ。いやでも耳に入ってくるんじゃ」
これは少し嘘があって、本当は自分から情報収集をしているのだけれど、ばれたところであまり結果に変わりはない。慣れたものだ。
三菱、と己の所属を指すときに彼女が少し揺らぐのも。お互い、慣れてはないらしい。
約束もなしに乗り込んだ本社で、部屋に入るなり怪訝な顔のままその場に立たせてあばらに触れた。こっちの方が慣れてしまってはいけない気がする。
「ええーお前ほんと…どこにこれ以上減るもんがあるんじゃい……おかしいじゃろ……物理的に…」
「物理」
「質量保存の法則とかそのあたりが乱れとるぞ絶対」
「燃焼するのか、あたしは」
自然ため息は大げさになり、あと一歩の限界値が残り半歩になる。
そも人間ではないけれど、人間を基盤に成り立っている概念だ。寝食が必要な理由も始まりからわかっているはずなのに、何かが理解しているはずなのに、彼女の中の別の何かはそれをねじ伏せて摂取するエネルギーをすべて己の行動に費やしてしまう。
休むことをしないのではないだろう。必要な分はきっちりと計画されているはずだ。なまじ長生きしているだけあって、己の限界を見極めるのは早く的確であるはずだ。慣れたものだ。
見上げた顔は微塵も疲れを感じさせない。ただ、眉間のあたりに穏やかではない空気がある。理由はうっすら知っている。
本当のところは干渉できない。本当のこころは干渉できない。
「なんで、なんで俺お前にこんな頭悩ませてるんじゃろな…」
「悩まなくていいと言ってるだろう」
「おー、うるせーうるせー。そういうのは昼飯食ってから言えー」
時刻は正午過ぎ。どうせ朝に何か口にしただけで今の今まで座りっぱなしだ、大した消費もしてないと言い聞かせてろくなものも口にしていないだろう。机上の乾いたカップの中に、完全に乾いたコーヒーの色が物語る。このひとなにもたべてないです。
「美人薄命っていうじゃろ良い加減にしろ」
「言う相手を間違えてないか」
「美人じゃろが」
いつもならここで残りの半歩、歩み切ってしまっている。文字通り首根っこ掴まれて放り出されるのがオチだ。
ただし、時刻は正午過ぎ。燃料切れの体内もまた事実。迫力のある顔と、深いため息で事は済む。慣れたものだ。
「ここで立ち話してても始まらん、お前もう何でも良いから食べたいもの言え」
長く深い沈黙は想定内、少し視線が泳いだ後の回答は想定外だった。
「……シュークリーム」
「しゅうくりいむ」
「chou à la crème」
「憎いほどネイティブ」
場所は東京丸の内。およそ何でも、あるものはある。なにせ起源は岩崎弥太郎、呼ぶ人が呼ぶ三菱ヶ原、己も相手もそこに還ると言っても過言ではない。
「うん、まあ…俺この辺詳しくねえけど…なんかあるじゃろ、店」
「あるな。受付で聞いてこい」
「おう、そうするわ。ちょっと待っとけ」
簡易ながら十分な存在感の応接ソファに座らせて、これまたノックの音が果たして通るのか不安になるような扉を抜ける。
気が変わらない内にと逸る足が転ばないようにだけ気を配る。
場所は東京丸の内、時刻はちょうど正午過ぎ、太陽は午後の眼差し、空腹が味方する。
手のひらには硬い骨の感触。皮一枚の下に通う血潮の鳴動まで感じられそうだった、大げさでなく。
氷川に聞いた、と素直に言っても良かったが、まだそれは最後の手段として取っておく。心を新たに前を向き、決意を新たに駆け出した。
ひとり、嵐のような来訪が去った静けさに取り残されている。
確かに空腹ではあったので、そろそろ切り上げてしまおうと思っていたところだった。
脇腹の少し上、ちょうどあばらの終わりのあたり、どこから見てもくびれなんてものはないが、体格の割に大きな手のひらに不満だったらしい。
「……わかってないな」
誰にも聞かれやしないから、と珍しく自室なりの油断で声に出す。
成田のごたごたは、きっともうすぐ片が付く。確かに少し切り詰めていたが、そこまで重労働とは思っていなかったのも事実だ。
「…わかってないぞ、ばか」
口にするのは何でも良かった。できれば軽いものだと良かった。それでも何だか真剣に見つめる視線で思い至った。
「横浜からだろうが、あいつめ」
望まれて、うまれた。言葉は同じでも望まれ方がまるで反対だ。
片や共倒れを危惧されて、双方から半分ずつ。片や京浜地区一帯から市民から、本当に必要とされて。
「一緒なら、」
一緒なら、きっとなんでもできると思った。
全くそうは、ならなかったが。
本当は、隣に座って、言葉もなくて、静かで良いのだ、こんな午後は。
時刻はちょうど正午過ぎ、太陽は午後の眼差し、空腹は静かに訴えてくる。
切れてしまえば回らない集中と思考回路。単純なものだと己でも思う。
疲れた目頭をもみほぐす指も、彼にしてみれば細すぎるのだろうか。人間と同じように影響しない時間の中で、多少は変化があったと思う。
最低限と整えている爪には一本の筋もなく滑らかで、短く端正に揃えられた丸みが気に入ってはいる。少しだけ節が目立つが、無表情ではないと思う。
気に入られようとあえて思った事はない。嫌われてると思っているならそのままでいい。
気づかないでくれ、と思う。これ以上重荷になってたまるかと思う。決別の仕方が仕方だけに、そもそも彼は己に対して引け目があるのはわかっている。嫌という程。
心配をかけるつもりはなかった。動向を知られる気もなかった。愛しい娘の観察眼を、少し侮ってはいのかもしれない。
口にするのは何でも良かった。味の有無すらどうでもよかった。ただ隣に座ってうるさくしながら何でもない話ばかりしたかった。できれば明るい話を。本当は、
「お前と一緒ならなんでも良いんだ」
溢れた言葉はおそらく誰も聞き取れない振動で目の前の空気を震わせただけだった。
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娘(男):氷川丸さんのこと。女装おじいちゃんなので。また、氷川丸さんは郵船さんのことも横船さんのことも「お父様」と呼びます。郵船さんが自分のところの船には全部自分を「父」と呼ばせているだけです。
成田でやいやい:NCA設立のあたりです。時系列をお察しください。昭和50年代丸の内にはたしてシュークリームがあるのか。きっと洋菓子店はあったと信じたいです。余計な時系列を作らなければ良かったのですが、郵船さんがあの規模になってから痩せるようなことがあるのはきっとこのときくらいだと思います。
シュークリーム:幕末の横浜外国人居留区ですでに西洋菓子店が営まれており、一説にはメニューにシュークリームはなかったそうですが、当時すでに本国ではメジャーなお菓子であったのでおそらくそこが日本に入ってきた最初では、ということです。
なお、そこに日本人菓子職人が修行に行きその後に日本で初めてシュークリームを発売する菓子店を開店したとか。畳む