No.57, No.56, No.55, No.54, No.53, No.52, No.51[7件]
一次創作,擬人化
擬人化:いちめん、ゆきすぎる
2014年2月8日初出(Pixiv)本庁さんがのろけてるだけです。ひさなさんの擬人化宗谷ちゃんをお借りしています。#GAS

一面の白色というには濁りすぎた、それでも全面的な無彩色。
右から左へ、目線と並行に飛んでゆく霞のような白色。
「やめた方がいいんじゃないですかね」
左からの忠告。
「電車、止まってるそうですよ」
二度目は適切な報告を含んだ指摘。
「ていうか、やめろ」
三度目は容赦のない警告を一段飛ばした、不穏。
ガラス一枚、人の気配に従順な扉の向こうは無彩色。時折すぎる傘の色合い、マフラーのたなびくさまにはっとする。
「ちなみに横須賀は完全に孤立しました。さっき」
「…行かないよ、そこは」
よりにもよってこんな天気に、まだ距離を測りかねているところになんて。
それでもこの日の約束のためにいろいろと明言できない部分で暗躍を重ねて、息つく暇をひねり出したのだ。おいそれと諦めのつくものではない。
自然に対してあらがうことが、なにより無駄だと知っているけれど、それならそれで渡り合うくらいはできるのだ。
「京太郎は、帰りどうするの」
場所は東京、お台場。
諸事情でお世話になっている放送局の球体が、霞んだ幕の向こうにあるのだろう。
隣から親切な停船命令を静かに発する彼は滑らかに指先で眼鏡の位置を直した。
「こんな天気ならしゃあねぇです。直行します」
軽くため息、つくづく真面目な彼なので本来であれば一足飛びに動ける距離を、きっと満員電車や疲れた乗客にまぎれようとはしたのだろう、ぎりぎりまで。
そんな中を、待っていてくれるだろうか。
そんな中を、連れ立って歩いてくれるだろうか。
寒さには慣れているだろう、なにせ南の果てまで六度行った。
冷たいのには慣れているだろう、なにせ北の大地で氷を割って走っていた。
だからといってそれらが全て堪えないかと、それらの全てを気にも留めないということではない。
「だから素直にやめとけって言うんですよ」
でもね、と咄嗟に言い訳の前段階が口を出る。出そうになるのを、のどの奥で押しとどめたのは及第点だろう。
素直になるなら、楽しみなのだ。
眠れないほど、ではないけれど。少し、行動の些細な端々に落ち着きをなくすくらいには。
「…かまくら、とか」
「ちょっと足りねえんじゃないですかね」
地名でないかは確認されない。
雪玉を投げあうには人数が足りない。かといって雪玉を重ねるだけのだるま造りはあまりに体を動かさない。
「最後にいいますけど、天気予報じゃこのあと大荒れだから小さいお子さんとのお出かけは特に控えろって」
「一応、大きいです」
「お子さん部分を否定しろよ」
想いも寄らなかった部分へのつっこみに少し驚いた顔をしていると、じろりと一瞥を食らう。
そのあとのため息は、自分自身への諦めと納得を呑みこんだ反動だろうか。
「寒くなったらすぐに屋内に入ること。できれば暖かいものを摂ること。いざとなればまつなみに言ってください、甘酒くらいならすぐ出ます」
「まつなみは…どこへ行くんだろうね。方向性」
「迎賓艇ですから。そしてあなたが方向性について言うな」
全ては一存、ではあるのだけれど。個として確立した先のところまでは、影響できない。
無力だな、と思うことはなくなった。力が足りないな、とは常日頃から思っている。
己の手のひらの小ささを思い知ったいくつかの出来事と、それに付随する感情は長い時間に晒されていつか口角を上げられる日が来るだろうか。
「…あのね、わかってないようだからあえて言いますけど」
「うん、なに?」
呆れたような、諦めたような、それでいて少しだけ妬いているような、加えて少しの、嬉しそうな、送り出す、それに似た、
「そんな顔してる暇があるなら、さっさと迎えにいけってんですよ」
暖房が効きすぎてもない適温の屋内、寒すぎて色づくでもない頬の赤みを自覚しろというのが難しい話だ。
けっ、とひときわ大きく呆れられて雪降る中に追い出された。
「待たせてんでしょ、せいぜい走ったらいいんです」
吹雪の中に傘はなし、風はあいにくの向かい風。まともの語源は順風だったかといまさらそんなことを考える。
この雪を走り抜けて、あるいは走れずに歩くはめになったとして、待たせた人に合う頃に頬の赤みは意味を変えているだろうか。
例えば、同じようにその頬がうっすらでいい、色づいていたら、その意味するところが同じであるなら、もうそれ以上は望まない。
きっと手袋の中の指先も手のひらも着く頃には冷えきってしまうだろうけれど、冷えただろう頬に触れる理由が一つある。ひとつあるなら、十分だ。
息を吸う、走り出すための準備にしては温度差でむせそうになるけれど、言われた通り待たせているのだ。
純白というには濁りすぎたそれでも無彩色、そのオレンジは燦然と輝かずとも確かに目につく色をしている。目につく理由は、それだけではないにせよ。
吐いた息は真っ白に煙ってあっという間に流された。
ああどうかこの鼓動の上ずりが、違う意味になりますように。畳む
一次創作,擬人化
擬人化:なつの洋上、きらめく
2012年8月26日初出(Pixiv)夏のつがるさんと、ユーカラさんの話。いちゃこらしてます。#GAS

北国とはいえど夏場になればそれなりに暑いものは暑い。
そういうとどこかで勝手に我慢大会をはじめて、参加表明もしていないのに周囲はそれに加わるべきだと信じて疑っていないような南方の住人がわめきだしたりするのだけれど、頑に。暑いものは暑い。
陸上ならばまだ、日差しを遮るものがあるだろう。反転、洋上ではまるでなにもない。どこまでも続く水平線、平時であればロマンにあふれたこの決まり文句も今だけはただただ地獄の入り口にも等しい。
上空へ上がってしまえば高度と温度は反比例してずいぶん凍える思いもするから、己はましな方だという自覚はある。
だがその基地となる船はと言えば毎回見える景色はほぼ同じ、洋上に一点、目の覚めるような白色を横たえて一切の日影を持たない。晴天の陽光を跳ね返し、挑むように浮かぶ姿に心底惚れているのは自分だけれど、それが気の毒にならないかといえばそうではない。暑いものは、暑いのだ。
「あっ……つい、って、いったら一回いくらだっけ?」
「百円か五十円でさっき揉めてたな」
「やー、もうこの暑いのにそんなことに体力使うのもったいないわよ、絶対」
散々主張した上であっさり翻すが、外気温に関わらず船内の空調は整っているのだから格納庫なんかよりもっと涼しい場所はある。さっさと涼めばいいだろうに、何故だかいつも文句をいいながらここへ来る。その理由が自分で思っているものと同じであるか確かめたことはない、といったらどこかの誰かはあきれ顔でなんて臆病だとため息をつくだろう。
「ねえ、涼しくなるような話して」
「……昔、海面捜索しててだんだん暗くなってきたんだけどな、気づいたら現在地がわかんなくなって、燃料も少ない上にそこがたまたま起伏の多い地形だったからどこに不時着していいかもわかんなくてな、そんで」
「やめて、わかった冷えた。ありがとう。あと君自身のことでなくてよかった」
「固定翼が着陸しようとしたら滑走路の灯火じゃなくて格納庫の灯火であわや、だった話は?」
「いい、いらない。あー、機体がひんやりしてて気持ちいいわ」
機長席から軽やかに降りて、その柔らかい手のひらを押し付ける。このまま抱き枕にならないかな、とささやかな希望を聞いたのはなかったことにする。
「君は、さ」
一瞬よこしまなことを考えたのが気配でも伝わったかと身構える。
「君は、どれくらいあたしのこと好きなのかな」
身構えたまま、動けなくなった。
そんなこと考えたこともなかった、からではなく、搭載機であると定められた瞬間からもう、どうにも焦がれてやまないから。
ただ帰る場所はひたすらにここで、彼女で、その一点で、送られるその言葉も迎えられるその言葉も、ただ彼女からのものであるから自分の世界に意味を持つのだと、思っていたから。
尺度は、用意もなかった。
「ど、れくらいって…言われてもな」
言葉に詰まる。自分の知るありとあらゆる単位では、その輪郭にすらふさわしくない。
かつてないほど考えて、ふと、明確な数字はあるだろうけれどその正解を知らないものがひとつ。
「あー……海の体積くらい」
少しだけ語尾を上げて疑問のようにしたのはせいいっぱいの照れ隠しであることが伝わらなければ良いと思う。
ふうん、とそれを受け取ってからの真面目な顔で返る言葉をひたすらに待つ。
「1.37メガ立方メートルか」
「っ、おい、人のせいいっぱいの回答をお前は……!」
さらりと明確に示された数字は予想もつかなかったけれど、自分なりにうまいことを言ったつもりでもあっただけに反動は大きい。
「はは、冗談だよ」
「じゃあそういうお前はどうなんだよ」
売り言葉に買い言葉、というには自分に都合が良すぎると思いながら反撃の意味を込めて今まで秘めていた気持ちを一つ、口から放つ。言葉という輪郭を持って放たれたそれは、どうやらすんなり届いたらしい。
ほんの少し予想外だったように目を開いて、吞み込んで理解するまでの二秒、細められた瞳はまっすぐに貫いた。
「言わなきゃ、わからないかな?」
もうぐうの音も出ない。かなわないのだ、どうあっても。
ないものだと思っていたけれど、確かに胸の辺りが温度を持って跳ねる、喜びにかそれとも別のなにかにかはわからないけれど、心というものがあるのだとしたらきっとそれはこの温かで、熱いくらいの温度で喉を灼くのだろう。
返す言葉は、見つからない。無言の敗北、惚れた弱み。
「君のそういうところ、好きだよ」
ふわりと首を少し傾げて、ああたぶん、わかってやっている。
その満面に浮かべた笑みが、ふいになにかを察して緊張感をはらむまで、一瞬だったのがまだ救いだ。
「さあ、お仕事だ」
身の引き締まる、単調な高音。続く状況の断片、にわかに騒がしくなる船内のざわめきを遠くに聞きながら浮かべる笑みの種類は違う。仕事とあれば切り替えは簡単なはずなのに、今のこの瞬間だけは名残惜しい。
「あのなあ、つがる」
ため息まじりに名前を呼ぶ。そのあとに続く言葉は特にない。呼んだ名前の残す空気がいつもよりも耳につく。
矢継ぎ早に状況が明確になって、どうやら自分も出番のようだ。
「言い分は帰ってから聞くよ、ほら、いってらっしゃい」
甲板に引き出されて着々と飛ぶ準備の進む中で自分の背を押す当たり前の単語が意味を持つ。その対になる言葉を聞くために、やるべきことは目の前に。

飛び上がった眼下に一点、やはり日影を一つも持たない目もくらむような白色。畳む
一次創作,擬人化
擬人化:あなたのとなりを、
2012年4月27日初出(Pixiv)つらつら書いていたら羊蹄丸さんの片思いになりました。携帯電話というのは便利な半面倒にもうすっぺらなフィルタが一枚かかってしまう短所があるように思います、という話。#GAS

たとえばあなたへの言葉を明確な輪郭に乗せたとして、それはたぶん感謝のかたちしているのだろうと思う。そうしてそれを簡単に伝える方法はあるのに、安易にその形式に乗せてあなたへ飛ばしてしまいたいとは思わない。

静かにたたずむようになってからしばらく、内側に抱えた容量と同じだけの虚無と空間を持て余すように過ごした日々にしっかりと残ってしまったとなりのアラートオレンジ。
小さく起きた岸壁への反動、そんな波にもよく揺れるどことなく不安定な丸みの際立つその流線。ずっととまって動かずにいるせいで、すっかり色のあせてしまった左側。
外からも内からも波と気候と生まれてからの歳月に蝕まれて、もはや人の立ち入ることの出来なくなったところすら抱えて、ひっそりと静かに賑わうその眩しいくらいの太陽の色。現役時代に見慣れていた一面白色横殴りの吹雪でも、きっと容易く見つけられる、そうして実際それを目的に塗られたその色。時代と人の願いを背負った希望の色と言ってしまったらそれは過言がすぎるだろうか。

低く掠れた、何人の名前を呼んだだろうか想像もできないゆっくりと震えるその声で呼ばれる名前が好きだった。遠い潮騒と暗い雨音にかすんでしまうその声が耳から入って抜けるとき、それに対して敬意でもってなんですかと問い返す己が誇らしくすらあった時もある。思い出は美化されて、想像は都合がいい。

決して同じ方向としての矢印ではない返される言葉と、あなたが気がつかないならそれでとおこがましく放った己の言葉と、その応酬を続けたいがためにこの無機質な塊が映し出す単調な連打の継続で綴る文字を駆使するのはなんだかもったいない気がする。だからといってそんな無機質の塊を通した声がその裏側の思いを問答無用に裏濾ししてしまうのも気に食わない。己の気持ちが隠れることではなく、あなたの気持ちを読み取れないことが。

覚えてしまったあなたの癖も、繰り返される同じ話も、聞くたび異国の話のようで事実その大半ははるか南の極地のことであったのだけれど、なぞるごとに一筋ずつほどけていく氷河にも似てあなたに近づいた錯覚すら感じたそのきらめく時間の数々。ずいぶんと感傷的なのは笑ってください、と誰に向けるでもなく口角を上げたところでそれに対する相づちも苦笑いも返ってはこないのだけれど。

いまここで、あなたの名前を呼んでもいいですか。
盛大に、己に幕を下ろすその前に。

恋、というにはあまりに単調で無頓着だった。愛、というには少しばかり執着がすぎた。
それは所詮、それらの感情への理想論から著しく外れていたというだけのことだけれど、それでも確かにあなたに抱いた感情は尊いものであったと思う。あれほど恐れた何の変化もなくなってしまう日々に、気がつかないほど少しずつ薄れていつかそのままいなくなってしまうのではないかと日々をおびえたはずなのに、今となってはもう、それが一番正しかったのだとすら、おこがましいほど取りすがる。

夜、世界は眩しくなりすぎた。それでも、海というものは真っ直ぐに暗い。
いつか聞いた明けない夜と暮れない夜の話がよぎる。そんなのはまっぴらだと、想像だけで笑った己も、その隣も。
誰の許しもいらないはずなのに、誰かに肯定して欲しくて泣きそうなほどの星空からつま先へ視線を投げる。


いまここで、あなたのなまえをよんでもいいですか。畳む
一次創作,擬人化
擬人化:くもりぞら、アラート、
2011年12月15日初出(Pixiv)総合訓練が天候不良で中止になったのでそうやさんが遊びにきました。そんな話。#GAS

およそ海を知る身にとって低気圧というものは嬉しいものではありえない。悪天候で雌雄が決する戦いなどいまの世界には、少なくとも己のいた海峡間では起こりえなかった。つまりこの世は平和なのだ。
近く、しかしもはや自力ですら辿り着けない湾内で一年に一度の盛大な催しがあるとかで、隣の桟橋は空っぽだ。
波が不穏にうねる。低い圧力にぎしり、肩が軋む。腹にぶつかる冷たい海水が生ぬるい波を生んで、不規則に吹き下ろす風がばたばたと煩わしい。黄みがかった灰色の空が降ろした幕で遮られた陽光は景色を見事に平均化した。
一輪、切り裂いたような白色。
「こんにちは」
穏やかに響く柔らかい低音。いまだ現役の、赴任地は親しんだ北国の果てでその白色を見慣れてはいてもけして親しくはないその影と気配。
改造の末に砕氷船として生きた隣のアラートオレンジ、その後継として造られた、この国二番目の砕氷船。
青い海に映えるように威厳をもって制する白色、穏やかに上がる口角、なにを取っても似つかない外見はしかし不思議と既視感になじむ。
「こん、にちは…あれ、えーっと…東京湾でなんとかじゃなかったんですか」
とっさに名前が出てこなくて、少しの驚きでごまかせる範囲を探るように名称をぼかす。
「観閲式はこの天気だから中止になってしまって…時間が空いたものだから」
「あ、そうなんですか。わざわざどうも」
「ええ、突然でご迷惑かとも思ったんですが」
距離を測りかねているわけではない。ただ、立ち位置がやや不明なのだ。
直接的な関係はなくて、間接的というにもそのつながりは薄い。ただ単に、隣に並ぶ船の、後継というだけ。親だ子だ孫だ血縁だ、そういうものが存在し得ない関係だからなおのこと作る顔に困ってしまう。もちろんそこには主な目的が自分との会話にないだろうという予測も含まれているからこそ。
「先代は?」
「ああ、この天気なんで朝からちょっと」
調子が悪いみたいですと素直に申告しそうになってから慌てて気遣いのようなものが顔出して、おかげでやけに含みのある言い方が残る。ただ動くこともなく係留されているだけの状態は、思ったよりも天候に左右されやすい。気圧が低ければ節々は軋み、脆く弱くなった鋼鉄は悲しげに引き攣れる、毎回のことではないけれど時折、目を開けてすらいたくない時というのがどうしてもやってきてしまうのだ。
その微妙な心境を長らく前線で働く立場にどうやって伝えたものかと逡巡してみても、予想に反して相手はそうですかなんて納得している。
「…ご迷惑じゃありませんか」
「何がです?」
「いえ。——いつも、みていてくださるんですか」
その「みている」に含まれる意味がどちらなのかわからなくていまいち漢字に変換することが出来ないけれど、結局どちらの意味でもたしかにいつも、それこそいつも、みていると言えばみている。
「そう、ですね。ま、この距離なので」
「そう、ですよね」
ふふ、とこぼれるその笑い方を、似ていると言ったら気を悪くするだろうか。遠く、想像のつかないという意味では同じ距離を走った経歴で、生粋ではなくとも砕氷船として生きていれば所作の端々も自ずと似通うものなのだろう。
風が吹く、先ほどよりすこし強い。日も暮れて空気も心なし冷えている。程度の差はあれ、自分だってここでぼんやり立っているけれど、指先の細かい動作が今は不安だ。
来客には悪いけれど早々に引っ込んでしまおうと肩にかけた外套の襟を正す。
「これから宗谷さんの様子見に行って、それから俺も中に入りますけど、どうします?一緒に行きます?」
「うーん…先代、寝ているだろうから起こしてしまうと悪いし、今回は遠慮します」
「わかりました。起きてたら追いかけないように言っておきます」
その意味を理解したのか小さく吹き出して、頼みましたとほほを緩めた。
気が向けばどうしようもなく執着するくせにまったくあっさりと境界線ではねのける、その多面体の原因がどこにあるのか知っているからなのか、それとも自分の知らないなにかを語られたことがあるのか、くすんだ陽光に挑むような潔癖の白色をまとってこんな日にはぜひとも拝みたい夕日にも似たアラートオレンジを見つめる視線は少し、安直さに欠けた。

一番居心地が良い、と自負するだけあってなかなか座り心地の良い士官食堂のソファの上でまるでおびえるように小さく寝転がる姿を見ながら、その視線に含まれた何かを自分は詮索するべきかどうかを少し迷った。畳む
一次創作,擬人化
擬人化:おたがい夏の身の上ですので。
2011年8月31日初出(Pixiv)宗谷さんと羊蹄丸さんの不穏な会話。時事ネタに愛だけ込めると、こうなります。#GAS

たとえば、どこかで何かがどうにか違っていたところでこの人にかなっただろうか、と隣のアラートオレンジが小さく風に居心地をただすのをぼんやり見ていた。
また台風だって、と解釈によっては投げやりにすら聞こえるつぶやきを上手に自分は受け損なう。
「荒れますか、ね」
「どうだろうね…真っ直ぐあがってきているけれど、うまいこといなくなってくれるといいねえ」
それが、その一種の投げやりがけしてあきらめでも本当の投げやりでも他人事でも無関心によるものでもないと知っているのに、今の今まで茫洋を気取っていたつもりで余裕なんてこれっぽっちもなかった自分は見事に裏目に食らいつく。
まるで自分のことのようだと精一杯の皮肉と嫌味を、ゆっくりと波の立つ表面にこぼす。
やたらと気まずい、だろう。それを狙っているのだから結果だけは順風満帆、そうしてあくまで、結果だけが。
風が湿気を帯びて来た。
「あんまり、そういう言い方は好きじゃないかな」
控えめに、遠回しに、一足飛びに、切り裂く鋭さはないものの、砕く強さは変わらずに、いつもたたえる笑みも潜めて、追い打ちのようにぽつりと跳ねる。
「あなたになにがわかるんですか」
まるで三文芝居の打ち返し。普段はどうして生きる時代の違いからなのか歩んだ道の違いからなのか、すれ違い噛み合わずお互い困惑することはあっても衝突なんて滅多にないから、(ああでもこの人が何を言おうと自分はつぶあん派なんだけれど)、さてこのステレオタイプな書き割りの打ち返しをどうやって呑みこんでくれるのか一瞬だけ楽しみであったことはいつまでも秘密にしていようと思う。
微笑でごまかす無表情が少しだけ、裏側に何かをにじませた。
「それは、でも、」
空気はにわかに重苦しい。低く掠れる応答の声。
つ、と逸らして一瞬のちに、すい、と見据える視線の動きの深層で一体何が動いたか、多分自分にはわからない。
「それはでも羊蹄丸さんがきっと僕の事をなんにもわからないのと同じだよ」
これが芝居なら観客は席を立つ。総立ちで手を叩き、感動にむせび泣き、舞台の上の役者二人を讃えることなく、無言のままで席を立つ。
ああずいぶんと、下手を打った。
「そりゃ、そうですね」
「そうだよ」
「そんなものですかね」
「そうかもしれないね」
「こういう言い回し、嫌いじゃないんですか」
軽口の最中に本音を滑り込ませるのは反則だ、と誰からも教わってはいないのでここまで来たらもう一芝居、下手を打ってもいいだろう。
「好きじゃない、という程度かな」
装う無表情、仕切り直しの苦笑い。ふふ、と押し出す軽やかな声。まるでいつもの、時刻表。

喝采、あなたに。
いま俺はとても愉快です。畳む
一次創作,擬人化
擬人化:しろい海峡のうた
2011年8月5日初出(Pixiv)てしおくんと流氷のはなし。はじめて挑む、流れる大陸。#GAS

それに関しての知識は持っていたし、資料として数値のたぐいは覚え込んでいたし、おそらくこの体はそれを本能的にとらえて対応する事ができる、そういう事を目的に作られているから問題ないとはわかっているのに、その事実は決してこれから対面する未経験の領域に有効であるという確信になりはしない。己の事のはずなのにいつの間にか遠い国の物語のように聞いていた自分が恥ずかしくなる。

色々なものを秘めて、隠して、そうして押し寄せる、一面の、しろいろ。

「───、そうやさん」

隣に立つその人の袖口はいつもちょうど手を伸ばした高さにあって、その両手は自分ではない誰かのためにいつも空けられているのを知っているから、あくまでそっと控えめにおこがましさに見ぬ振りをしてこそりと小さく袖を引く。
意識と視線が瞬間の時差で自分の方を向いたのがわかる。それなのにこの眼前に広がる白色に向けられた視線は動かせない。

「そうやさん、」

飽きるほどの、白色。
少し濁った、空の色。
ゆっくりと迫り来る、そうして足を絡めとる。

「つめたいです」

ふ、

「さむいです」

気をつけてゆっくりと、息を吐く。体内の熱を必要以上に呼気に乗せて吐かないように。
隣に立つこの人のすらりと伸びた背筋の中を、通る空気はあたたかだろうか。腹の奥から伝わるこの軽微な震えは一体、どちらの種類の震えだろう。

「そうだね」

引いたまま離さない袖口からそっと優しく指が解かれて、自分と同じ厚い布で守られた手が握られた。
まだ少し遠い波の向こう確実にそうしながら揺られて意のままにままならず流れてくる、白い群。

「往こうか、てしおくん」

耳を打つ声は低いと感じる少し上を響かせて、言葉と一緒に少しだけ力が入ったその右手にあたためられていた左手が、冷たい空気に解放される。
もう一つだけ深く長くの呼吸を一組、吐いた息は白く煙って風の中に消えて行く。いずれあの白い塊は陸地のような形相で己の行く先に横たわる。

どうかどうかそのときぼくが、はじめの一歩を誤りませんように。畳む
一次創作,擬人化
擬人化:お台場から愛を込めて砂嵐を越える
2011年7月24日初出(Pixiv)文章が久しぶりすぎて震えます、愛され系宗谷さんと地上デジタル放送の話、と、そうやさんの受難。(時代が見える………)#GAS

まあこの世の中は便利になったもので画面を見ればこのあと自分の耳に悲痛な叫びを流し込むのが誰だか明確になってしまうのが少々うんざりするけれど、ここでこの着信を無視したところであとからふくれあがった面倒ごとが真正面からやってくるのは簡単に予想できたから、小さなうなりを上げる端末機械には心底うんざりさせられる。
乗らない気分を不穏な気配と判断して意識だけこちらに向けたせきれいを背中で感じながら、仕方がないので通話ボタンに指をのばす。ぷちり、とあっけない沈みこみがあって、瞬間、
「そうやくんちょっと聞いてくれるかい!」
耳から少し距離を置いて待ち構えていたのが幸いしてそれほど響かず済んだけれど、やはり大きなものは大きなもので息を一つためてこぼすには十分な声量が通話口から飛び出した。
遠くお台場でのんびり余生を過ごしているはずの先代はこの携帯電話という文明の利器を授かってから何かにつけしょっちゅう自分へこうやってさも世界の終わりに面したような悲痛な声で助けを求めてくるのだけれど、内容と言えば大体が第三者から見れば頭の上に乗った眼鏡を探しているような塩梅で、呆れながら助言とも言えないような言葉を二、三与えて終わるのが常だ。そうして今日に限って、今日のこの日のこの時間に限って言われる事と言えばもはや用件は一つしかない。
「なんですか」
なるべく事務的に、を心がけなければならない関係というのも面白い。それに気づいているのだかいないのだか、それともそれどころではないからなのか、極力の努力をあっさり流して話を続ける。
「てれびが!テレビが砂嵐になるって!」
「ええ、でしょうね」
己の予測が一言一句まったくもって外されなかったことに脱力しながら、電話の向こうで慌てふためくそのようが目に浮かぶ。そもそもあなたはテレビ見るんですか、と聞きたいところだったけれどこれ以上自ら話に踏み入って長電話をするのも本意ではないのでさっさと終わらせるように軌道を修正することにした。
「どうしたらいいと思う?これからテレビが映らなくなっちゃうんだって」
「でしょうね、以前から言われてたじゃないですか」
「昭洋くんが、なんだっけ…”わんせぐ”?とかいうので、あれ、携帯電話でテレビが見られるっていうのを教えてくれたんだけれど、僕のじゃ受信しないみたいなんだ」
「でしょうね、簡単携帯ですから」
「どうしたらいいとおもう?」
「知りません。あなたパンフレット読まなかったんですか」
「読んだよ…仕組みは理解したよ…」
「それでどうして何の対策も行わないんですか」
前もってわかっていることに対してどうしてここまで大騒ぎできるのか、理解の範疇だ予想の範囲だそういったところを全部乗り越えたところで思考するらしい先代の慌てぶりが、それに対して打開策を求められているこの状況がだんだんとイライラに変わるのにもそうそう時間はかからない。
「そもそもあなたはテレビ見るんですか、日常的に」
「あんまり見ないかな」
「けろっと言うな。見ないならそれで良いじゃないですかどうしてそんなに大騒ぎするんです」
「でもたまに見たいじゃない、ニュースでそうやくんが出てる時とか」
「やめてください、恥ずかしい」
ああ、何だってこの人は。
しかし少しでもしょんぼりなんて書き文字が後ろに見えるような顔で声で困ってるんだと一言、言われてしまえばどうにかしてどうにかしてやりたいと思ってしまうのも事実でそれはつまり自分の中の唯一の弱みと言っても過言ではなくてそしてそれは大体誰にでも当てはまるらしい。つまるところ自分でなくてもこの電話の内容をそのまま他のどこかへ向けてしまえばこんな冷たい対応ではないもっとあたたかで的確で迅速な対応が受けられるというのに、何だってこの人は、
「そうや」
「どうしたの、せきれいくん」
話し中だけれど、と視線を向ければその先には何とも言えない複雑な顔。
「なんだかんだでもう30分は喋ってるぞ。気づいてないから言うけど」
「わー、せきれいくんいるの?ちょっとお喋りしたいかもしれない」
「ちょっと黙っててください」

——ああ、これだから。畳む

散る散る満ちる。TOPに戻る